「カサブランカ」千秋楽。
2010年2月9日 宙組 コメント (2)「カサブランカ」千秋楽、見てきました。
素晴らしい千秋楽でした。
この素晴らしい作品の最後を飾るに相応しい、最高の舞台だったと思います。
この作品と退団されるお二人とのお別れを惜しみ、出演者も客席も緊張感に満ちた空間。
11時公演と楽の二回見ましたが、11時はこの作品への思いの丈をぶつけるような熱い舞台で、お芝居全体の完成度はこの公演期間中で一番高かったかもしれません(フィナーレのデュエットダンス除く^^;)
千秋楽は一つ一つの場面や台詞を噛締めるような集大成であり、最後のお別れの祝祭でもあった…という印象。
この公演、私は最高観劇回数を記録してしまったのですが、大劇場の初日から皆さんそれぞれに役を深めて、変わっていく作品だったと思います。
それが楽のこの日。皆さんが深まったその状態で、大劇場初日の方向性に戻り行くカタチで、ピシッと決まったような気がしました。
これが今回の宙組公演「カサブランカ」の完成形なんだ…と思いつつ、私も一つ一つの台詞や場面を見つめ、お別れをしてきました。
退団者のお二人は、きらきらと輝くような笑顔でした。
まうちゃんはフィナーレで大きなお花を付けて、踊ってらっしゃいました。宙組さんでは退団者は、ショーの各場面でお花を付けるもの、なのですね。
(月組は最近はソロなど目立つ場面でもお花を付ける事が多くなりましたが、以前はフィナーレの階段降りだけだったような)
今回、一本ものでの退団で、フィナーレだけしかお花を付けられないのはお気の毒だったかも…などと少し思いもしましたが、そんな心配を吹き飛ばすような輝きがありました。
萬あきらさんのサム、本当に素晴らしかった。
最初のカフェへの場面転換で、ケイさんの声が聞こえた時からの拍手には、うるっときました。そして、楽では、ドアマンのかける君まで拍手していて、また涙。
イルザとの再会の場面、酔っ払うリックとの会話、本当に優しくて切ない。どうにもならない二人の状況を慮って、冷たい事を言ったり、誤魔化そうとしたり。
色々な痛みを知った大人の、情に満ちた静かな優しさ。毎回、本当に優しい人だなぁ…と思い見ていました。
そしてパリの場面では、リックの「飲みに行こうぜ」や「サム、お前が立会人だ」の言葉に、心の底から嬉しそうな純粋なお顔を見せて。黒人として差別に耐えてきたサムが、自分を対等の人間として扱うリックの言葉に心から感動している姿に、胸をつかれました。千秋楽に向けて、どんどん透明感を増していった笑顔、楽には本当に透き通りそうでした。
それと、何度か言う「OK!」の台詞も好きだったなぁ。
毎回、心のままに違うお芝居をされていたのも、印象的。専科さんって、プロフェッショナルな存在として、常に一定したお芝居を見せるイメージがありましたが、今回のケイさんのサムは本当に日替わりでした。
オオゾラさんのリックも、カフェの場面で大勢と芝居をするときは、割と一定した芝居をベースに少しずつ変化があるけれど、主に深夜のカフェなど感情を吐露する場面は完全にフリー状態。サムとのやり取りも毎回かなり違ったのですが、毎回上手く合わせて、その時のリックごとに思いやりを持って芝居をして下さって、オオゾラファンとして、本当にありがたいと思っておりました。
ケイさん、フィナーレの黒燕尾姿も緑の袴姿も、本当に品があって素敵でしたね。
最後のご挨拶では、わざわざ「大空祐飛と野々 すみ花率いる」宙組に感謝の言葉を下さって。私も涙が出ましたが、オオゾラさんも驚いたお顔をして、その後指で涙を拭ってらっしゃいました。それから、40年、舞台を勤め、一つの事を成し遂げられた方の、重みのあるお言葉。
ご挨拶のお言葉も、深みのある、なんとも言えない良い声だとトキメいたり、ちょっとお茶目なご様子に笑ったり。
何度目かのカーテンコールで、祐飛さんのマイクを使って一言。マイクに近づこうとして祐飛さんに顔を寄せた所で、照れて笑い出してしまって、やり直したのが可愛かった~。
その後改めてオオゾラさんに顔を寄せ、低音の男役の超セクシーなお声で「誰がHappy?」と。あまりのセクシーな声に、祐飛さんも腰砕けのご様子で「私がHappy!」の台詞に笑いころげ。いや、いいもの見せていただきました。あの耳元であの声で囁かれたら、脚の力が抜けちゃいますよね(^^)
オオゾラさんのご挨拶も感動的でした。
最初は、言葉につまってヒヤッとしましたが、段々に淀みないものになり。
「全てをかけても悔いはありません」という言葉には、がーーーっと魂を持っていかれました。
心の底からの、素直な想いの溢れるような素朴な言葉であり。敬虔な祈りのような、神聖な誓いのような、覚悟の決まったような…深く重い言葉でした。
ふと「この狂った世界に、俺なりに立ち向かっていく」というリックの台詞を思い出したりもしました。
改めて、すごい人なんだなーと感心しつつ。
スタンディングとなった客席を見て、無言で「嬉しい!」というオーラを立ち上らせた、可愛い笑顔にも感動。
この意外なストレートさに、いつも不意打ちを食らうのですわ。
インフルエンザからも逃げ切り、公演が無事に終わって、ホッとしました。オオゾラさんご本人も、さぞかし安心されただろうなーと思います。良かった、良かった!
本当に、良い公演でした。この感動の舞台を作って下さった宙組の皆様、全てのスタッフ関係者の皆様に感謝!
次の公演の集合まで僅かしかお休みは無いようですが、ごゆっくり休んで、疲れたお体をねぎらってあげて下さいm(__)m
素晴らしい千秋楽でした。
この素晴らしい作品の最後を飾るに相応しい、最高の舞台だったと思います。
この作品と退団されるお二人とのお別れを惜しみ、出演者も客席も緊張感に満ちた空間。
11時公演と楽の二回見ましたが、11時はこの作品への思いの丈をぶつけるような熱い舞台で、お芝居全体の完成度はこの公演期間中で一番高かったかもしれません(フィナーレのデュエットダンス除く^^;)
千秋楽は一つ一つの場面や台詞を噛締めるような集大成であり、最後のお別れの祝祭でもあった…という印象。
この公演、私は最高観劇回数を記録してしまったのですが、大劇場の初日から皆さんそれぞれに役を深めて、変わっていく作品だったと思います。
それが楽のこの日。皆さんが深まったその状態で、大劇場初日の方向性に戻り行くカタチで、ピシッと決まったような気がしました。
これが今回の宙組公演「カサブランカ」の完成形なんだ…と思いつつ、私も一つ一つの台詞や場面を見つめ、お別れをしてきました。
退団者のお二人は、きらきらと輝くような笑顔でした。
まうちゃんはフィナーレで大きなお花を付けて、踊ってらっしゃいました。宙組さんでは退団者は、ショーの各場面でお花を付けるもの、なのですね。
(月組は最近はソロなど目立つ場面でもお花を付ける事が多くなりましたが、以前はフィナーレの階段降りだけだったような)
今回、一本ものでの退団で、フィナーレだけしかお花を付けられないのはお気の毒だったかも…などと少し思いもしましたが、そんな心配を吹き飛ばすような輝きがありました。
萬あきらさんのサム、本当に素晴らしかった。
最初のカフェへの場面転換で、ケイさんの声が聞こえた時からの拍手には、うるっときました。そして、楽では、ドアマンのかける君まで拍手していて、また涙。
イルザとの再会の場面、酔っ払うリックとの会話、本当に優しくて切ない。どうにもならない二人の状況を慮って、冷たい事を言ったり、誤魔化そうとしたり。
色々な痛みを知った大人の、情に満ちた静かな優しさ。毎回、本当に優しい人だなぁ…と思い見ていました。
そしてパリの場面では、リックの「飲みに行こうぜ」や「サム、お前が立会人だ」の言葉に、心の底から嬉しそうな純粋なお顔を見せて。黒人として差別に耐えてきたサムが、自分を対等の人間として扱うリックの言葉に心から感動している姿に、胸をつかれました。千秋楽に向けて、どんどん透明感を増していった笑顔、楽には本当に透き通りそうでした。
それと、何度か言う「OK!」の台詞も好きだったなぁ。
毎回、心のままに違うお芝居をされていたのも、印象的。専科さんって、プロフェッショナルな存在として、常に一定したお芝居を見せるイメージがありましたが、今回のケイさんのサムは本当に日替わりでした。
オオゾラさんのリックも、カフェの場面で大勢と芝居をするときは、割と一定した芝居をベースに少しずつ変化があるけれど、主に深夜のカフェなど感情を吐露する場面は完全にフリー状態。サムとのやり取りも毎回かなり違ったのですが、毎回上手く合わせて、その時のリックごとに思いやりを持って芝居をして下さって、オオゾラファンとして、本当にありがたいと思っておりました。
ケイさん、フィナーレの黒燕尾姿も緑の袴姿も、本当に品があって素敵でしたね。
最後のご挨拶では、わざわざ「大空祐飛と野々 すみ花率いる」宙組に感謝の言葉を下さって。私も涙が出ましたが、オオゾラさんも驚いたお顔をして、その後指で涙を拭ってらっしゃいました。それから、40年、舞台を勤め、一つの事を成し遂げられた方の、重みのあるお言葉。
ご挨拶のお言葉も、深みのある、なんとも言えない良い声だとトキメいたり、ちょっとお茶目なご様子に笑ったり。
何度目かのカーテンコールで、祐飛さんのマイクを使って一言。マイクに近づこうとして祐飛さんに顔を寄せた所で、照れて笑い出してしまって、やり直したのが可愛かった~。
その後改めてオオゾラさんに顔を寄せ、低音の男役の超セクシーなお声で「誰がHappy?」と。あまりのセクシーな声に、祐飛さんも腰砕けのご様子で「私がHappy!」の台詞に笑いころげ。いや、いいもの見せていただきました。あの耳元であの声で囁かれたら、脚の力が抜けちゃいますよね(^^)
オオゾラさんのご挨拶も感動的でした。
最初は、言葉につまってヒヤッとしましたが、段々に淀みないものになり。
「全てをかけても悔いはありません」という言葉には、がーーーっと魂を持っていかれました。
心の底からの、素直な想いの溢れるような素朴な言葉であり。敬虔な祈りのような、神聖な誓いのような、覚悟の決まったような…深く重い言葉でした。
ふと「この狂った世界に、俺なりに立ち向かっていく」というリックの台詞を思い出したりもしました。
改めて、すごい人なんだなーと感心しつつ。
スタンディングとなった客席を見て、無言で「嬉しい!」というオーラを立ち上らせた、可愛い笑顔にも感動。
この意外なストレートさに、いつも不意打ちを食らうのですわ。
インフルエンザからも逃げ切り、公演が無事に終わって、ホッとしました。オオゾラさんご本人も、さぞかし安心されただろうなーと思います。良かった、良かった!
本当に、良い公演でした。この感動の舞台を作って下さった宙組の皆様、全てのスタッフ関係者の皆様に感謝!
次の公演の集合まで僅かしかお休みは無いようですが、ごゆっくり休んで、疲れたお体をねぎらってあげて下さいm(__)m
「カサブランカ」新人公演
2010年1月26日 宙組「カサブランカ」新人公演、見てきました。
パリの場面の全カットを含め、小池先生が追加したスペクタクルやミュージカル的要素を無かった事にして、基本的に映画に近い流れに。芝居の方向性もどちらかと言えば映画版に近いイメージになっていた気がします。
ただし映画ではあった、パリの別れの回想という重要な場面がカットというのは、ちょっとツライものでした。
かの名台詞はパリの二人の会話を別れで繰り返すのが、イイところですしね。かといって、映画と同じように必要な部分だけ採用…とかは、やっぱり無理だったのかなぁ。
一番割をくったのは、イルザのえりちゃんかな?それでも、あまりハンデを感じさせずにイルザの愛を表現できていて、感心しました。
主演のカチャ・凪七 瑠海さんは、今回は本当に大変な新人公演でしたね。
まず、持ち味が全然違う役です。もうどうしようもないレベルで、合わない役。
せっかくの、明るく華やか爽やかな、少年めいた透明な持ち味が、マイナスにしか働かない役。誰もが百回くらい思った事だと思いますが、タニちゃんの役で新公主演ができれば良かったのにと、改めて思いました。
とはいえ、宝塚では役者の持ち味に合わない役を、ポジションとしてこなさなければならない事はたくさんあります。オオゾラさんに、ナイスリーというコメディ役がまわってきた悲劇もありましたし^^;
みっちゃん程になんでも達者にこなす人が、「薔薇の封印」新公主演で、耽美なヴァンパイヤ役が、びみょーになってしまった事もありました。
新公は、そんな持ち味に反する役を「なんとかする」事を学ぶ場でもあります。
でも今回は、カチャなりのリック像というのが、ちょっと曖昧だった気がしますね。本役のオオゾラさんとは、違うイメージを持って役作りをしているのはわかるのですが。
やはり真っ直ぐな人なので、無理にリックの屈折を演じようとして、考え過ぎちゃったような印象でした。
しかし、台詞をとばした後からの演技は集中力も素晴らしく、カチャなりのリックとして爽やかな終幕となりました。ラストをキチンと終われたので、終演後の印象は良かったです。この経験を、ぜひ大きなプラスに転じて欲しいと願います。
感心したのはオオゾラさんのリックの仕草を、かなり完璧に再現した事。その再現度の高さは、多分祐飛ファンのほうがわかると思います。すごく頑張って、オオゾラさんの仕草を見てくれんだな。歩き方、立ち方、座り方、タバコやスーツの扱いをはじめ、手の動き、肩の動き…本当に細かく観察して、自分のものとした努力に感心しました。
オオゾラさんが、長い年月をかけて積み上げ、磨き抜いてきた、”男役”の身体表現としてのかっこいい仕草を、しっかり見てくれ事は嬉しかったです。先日も書きましたが、あのオオゾラさんの立ち方を含めた男役芸は、おそらく久世さんをはじめマミさんやリカさんなどの偉大な先輩方のエッセンスを取り入れて、オオゾラさんなりに表現しているもの。それをカチャなりのカタチ咀嚼して、また次の世代にまで、伝えて下さるといいなー。
そしてもう一つ面白かったのが、カチャのリックは本役と違って”動き”を感情表現のメインとはしなかった事。
同じような動きを、違う心の動きで見る事で、逆に本役の表現がくっきり見えました。大空リックは、全ての体の動きが感情表現だと、改めて思いましたね。無駄な動きは一つも無いんだ。
目線の動き、肩や手の僅かな動き、動きの緩急などが、リックの心が動く時を表現している。それがちょうど、観客の心がリックの心の動きを理解する、ぴったりの間、なんですよね。オオゾラさんが深く考えて作り上げた、仕草を積上げてつくる芝居に、改めて気付かされた新公でした。
イルザの藤咲えりちゃん、素敵でしたー。
大劇場の時より、髪型もふんわりと華やかで、美しくなっていましたね。儚げで美しく品があり、しっとりした雰囲気もあり、でも意外な気の強さも持っていて。
とても細やかな表現で、イルザの揺れる心を見せてくれました。パリの場面全カットという、バーグマンよりも難しい役になってましたけれど、違和感を感じさせなかったのは、すごい。敬意を持ってラズロを愛しているのは確かだけれど、リックとの恋を捨てきれない、抑えられない情熱を感じました。
とてもしっかりした、知的な美人さんの雰囲気があるので、逆に、情熱の強さが際立つ感じ。芝居の傾向としては、やはり映画版に近い気がしました。
というよりも、本役とあまりにも違い過ぎて面白かったです。改めて、すみ花ちゃんって、本当に天才なんだなーと、思い知らされました。色々な事をぶっ飛ばして、イルザとして舞台に存在しているんだな、と。
えりちゃんのイルザは、宝塚の娘役の枠の中で、きっちりと「カサブランカ」のイルザを作り上げた感じ。かなり完成度の高いイルザだったと思います。宝塚のヒロインとして、観客の心を引っ張って舞台を作る力は十分感じられたので、今後、どういう芝居を見せてくれるのかとても楽しみです♪
英雄ヴィクター・ラズロ役の七海 ひろきさん、かっこいいの一言。
私の中では今回の新公で一番の大ヒット!でした。
実直とさえ言えるような誠実さと、あたたかさを持ちながら、ピリッとした鋭い雰囲気のラズロ。
本役のらんとむさんのあくまでも抑えた演技とは違い、強さとカリスマ性を前に出したイメージは、映画版のラズロに近いような気もしました。
でも映画も本役さんも、イルザをめぐるリックとの会話では、表情は勿論、目の色にさえ感情を見せませんが、カイちゃんラズロは違いました。
特に、カフェでの出会いの場面。ただならぬ様子のリックとイルザの会話の一言一言に、表情は変えないけれど、目の奥に浮かぶ感情の色が揺れ動くのを感じるのです。思わず、見とれてしまいました。なんて、ストレートな人なんだろう。
イルザに対する愛が溢れるようで、豊かな心を持った優しいラズロでした。反ナチス指導者の強い存在感と、愛に揺れる、優しすぎる男の二面性をとても魅力的に見せてくれたと思います。
カイちゃんは、最近の私の大注目の人だったのですが、期待以上の芝居でした。「逆転裁判2」のローランド君で見せた黒い部分を、うまく強さに変換でいたのがヒットだったのかな。
優しくて誠実で、愛に溢れた人でありながら、影も毒も併せ持っているという、非常に面白い個性。その”毒”が、宝塚の男役としては、非常に強力な武器です。いつも、フィナーレで、カイちゃんの毒が垣間見れるのを楽しみにしているのです。ぜひ更に磨いて、もっともっとカッコいい男役に欲しいですね。
さて、時間切れなので、続きはまた今度…。
パリの場面の全カットを含め、小池先生が追加したスペクタクルやミュージカル的要素を無かった事にして、基本的に映画に近い流れに。芝居の方向性もどちらかと言えば映画版に近いイメージになっていた気がします。
ただし映画ではあった、パリの別れの回想という重要な場面がカットというのは、ちょっとツライものでした。
かの名台詞はパリの二人の会話を別れで繰り返すのが、イイところですしね。かといって、映画と同じように必要な部分だけ採用…とかは、やっぱり無理だったのかなぁ。
一番割をくったのは、イルザのえりちゃんかな?それでも、あまりハンデを感じさせずにイルザの愛を表現できていて、感心しました。
主演のカチャ・凪七 瑠海さんは、今回は本当に大変な新人公演でしたね。
まず、持ち味が全然違う役です。もうどうしようもないレベルで、合わない役。
せっかくの、明るく華やか爽やかな、少年めいた透明な持ち味が、マイナスにしか働かない役。誰もが百回くらい思った事だと思いますが、タニちゃんの役で新公主演ができれば良かったのにと、改めて思いました。
とはいえ、宝塚では役者の持ち味に合わない役を、ポジションとしてこなさなければならない事はたくさんあります。オオゾラさんに、ナイスリーというコメディ役がまわってきた悲劇もありましたし^^;
みっちゃん程になんでも達者にこなす人が、「薔薇の封印」新公主演で、耽美なヴァンパイヤ役が、びみょーになってしまった事もありました。
新公は、そんな持ち味に反する役を「なんとかする」事を学ぶ場でもあります。
でも今回は、カチャなりのリック像というのが、ちょっと曖昧だった気がしますね。本役のオオゾラさんとは、違うイメージを持って役作りをしているのはわかるのですが。
やはり真っ直ぐな人なので、無理にリックの屈折を演じようとして、考え過ぎちゃったような印象でした。
しかし、台詞をとばした後からの演技は集中力も素晴らしく、カチャなりのリックとして爽やかな終幕となりました。ラストをキチンと終われたので、終演後の印象は良かったです。この経験を、ぜひ大きなプラスに転じて欲しいと願います。
感心したのはオオゾラさんのリックの仕草を、かなり完璧に再現した事。その再現度の高さは、多分祐飛ファンのほうがわかると思います。すごく頑張って、オオゾラさんの仕草を見てくれんだな。歩き方、立ち方、座り方、タバコやスーツの扱いをはじめ、手の動き、肩の動き…本当に細かく観察して、自分のものとした努力に感心しました。
オオゾラさんが、長い年月をかけて積み上げ、磨き抜いてきた、”男役”の身体表現としてのかっこいい仕草を、しっかり見てくれ事は嬉しかったです。先日も書きましたが、あのオオゾラさんの立ち方を含めた男役芸は、おそらく久世さんをはじめマミさんやリカさんなどの偉大な先輩方のエッセンスを取り入れて、オオゾラさんなりに表現しているもの。それをカチャなりのカタチ咀嚼して、また次の世代にまで、伝えて下さるといいなー。
そしてもう一つ面白かったのが、カチャのリックは本役と違って”動き”を感情表現のメインとはしなかった事。
同じような動きを、違う心の動きで見る事で、逆に本役の表現がくっきり見えました。大空リックは、全ての体の動きが感情表現だと、改めて思いましたね。無駄な動きは一つも無いんだ。
目線の動き、肩や手の僅かな動き、動きの緩急などが、リックの心が動く時を表現している。それがちょうど、観客の心がリックの心の動きを理解する、ぴったりの間、なんですよね。オオゾラさんが深く考えて作り上げた、仕草を積上げてつくる芝居に、改めて気付かされた新公でした。
イルザの藤咲えりちゃん、素敵でしたー。
大劇場の時より、髪型もふんわりと華やかで、美しくなっていましたね。儚げで美しく品があり、しっとりした雰囲気もあり、でも意外な気の強さも持っていて。
とても細やかな表現で、イルザの揺れる心を見せてくれました。パリの場面全カットという、バーグマンよりも難しい役になってましたけれど、違和感を感じさせなかったのは、すごい。敬意を持ってラズロを愛しているのは確かだけれど、リックとの恋を捨てきれない、抑えられない情熱を感じました。
とてもしっかりした、知的な美人さんの雰囲気があるので、逆に、情熱の強さが際立つ感じ。芝居の傾向としては、やはり映画版に近い気がしました。
というよりも、本役とあまりにも違い過ぎて面白かったです。改めて、すみ花ちゃんって、本当に天才なんだなーと、思い知らされました。色々な事をぶっ飛ばして、イルザとして舞台に存在しているんだな、と。
えりちゃんのイルザは、宝塚の娘役の枠の中で、きっちりと「カサブランカ」のイルザを作り上げた感じ。かなり完成度の高いイルザだったと思います。宝塚のヒロインとして、観客の心を引っ張って舞台を作る力は十分感じられたので、今後、どういう芝居を見せてくれるのかとても楽しみです♪
英雄ヴィクター・ラズロ役の七海 ひろきさん、かっこいいの一言。
私の中では今回の新公で一番の大ヒット!でした。
実直とさえ言えるような誠実さと、あたたかさを持ちながら、ピリッとした鋭い雰囲気のラズロ。
本役のらんとむさんのあくまでも抑えた演技とは違い、強さとカリスマ性を前に出したイメージは、映画版のラズロに近いような気もしました。
でも映画も本役さんも、イルザをめぐるリックとの会話では、表情は勿論、目の色にさえ感情を見せませんが、カイちゃんラズロは違いました。
特に、カフェでの出会いの場面。ただならぬ様子のリックとイルザの会話の一言一言に、表情は変えないけれど、目の奥に浮かぶ感情の色が揺れ動くのを感じるのです。思わず、見とれてしまいました。なんて、ストレートな人なんだろう。
イルザに対する愛が溢れるようで、豊かな心を持った優しいラズロでした。反ナチス指導者の強い存在感と、愛に揺れる、優しすぎる男の二面性をとても魅力的に見せてくれたと思います。
カイちゃんは、最近の私の大注目の人だったのですが、期待以上の芝居でした。「逆転裁判2」のローランド君で見せた黒い部分を、うまく強さに変換でいたのがヒットだったのかな。
優しくて誠実で、愛に溢れた人でありながら、影も毒も併せ持っているという、非常に面白い個性。その”毒”が、宝塚の男役としては、非常に強力な武器です。いつも、フィナーレで、カイちゃんの毒が垣間見れるのを楽しみにしているのです。ぜひ更に磨いて、もっともっとカッコいい男役に欲しいですね。
さて、時間切れなので、続きはまた今度…。
人々は英雄をもとめる~カサブランカ その4~
2010年1月23日 宙組新人公演、見てきました。
ハプニングもありましたが、逆にそこを乗り越えたパワーが光り、印象的な新人公演。一人一人の力が見えた、良い新公だったと思います。今、感想を書きかけていますが、先に書きかけだったものから、アップ。
この物語のヒーロー、ヴィクター・ラズロ氏について。
今回の小池修一郎版「カサブランカ」において、物語上の改編の特徴は大きく二つ。
パリでのリックとイルザの出会いの場面と、ラズロを中心とするレジスタンスの場面が追加された事です。
この追加によって、小池修一郎的解釈が強くでたのが、リックがどのように戦争や時代に向き合うかという事。
そこに一番関わるのが、ヴィクター・ラズロの存在です。
ラズロの英雄的描写を膨らませて、男の中の男とも言うべき存在として、主人公リックに”壁”として立ちはだかります。
いや、本当に、イイ男ですよね、らんとむさんのヴィクター・ラズロ氏は。
男役として、これほどかっこいい役もなかなか無いような完璧なライバル役だと思いますし、その説得力のある大きな存在感。
劇中で「平和主義者」と呼ばれるラズロさん、リックの夢では戦争を呼びかけているように見えて不思議だったので、ちょっと調べてみました。
モデルとなった人物は、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵。
「欧州統合に関して具体的かつ論理的な提案をした最初の人物。彼のアイデアは、第二次世界大戦後に発足したEECからECを経て現在のEUに至る過程の中に具現している。」との事。
映画では、クーデンホーフ=カレルギー伯爵に容貌の似た俳優さんが選ばれたとか。映画のラズロを演じたポール・ヘンリードさんも、カミソリのように鋭くて、
意思の強そうなイイ男ですよね。
謎だった「平和主義者」の部分は、彼が1923年に提唱した「汎ヨーロッパ主義」の事なのでしょうね。ずいぶん大雑把な表現ですが^^;
まあ、あくまでモデルなので、この部分は深く気にするものではありません。
欧州統合論はそれまでにもさまざまにあったようですが、具体的な動きとして各国に汎ヨーロッパ協会を設立し、政治運動として活動した人だそうです。
しかし「世界一優秀なドイツ民族が世界を統合する」というナチス・ドイツにとっては、これは邪魔者。彼はナチスに追われる身となり、1941年にリスボンを経由してアメリカに渡ったとの事。
調べていると懐かしくなり、この方の母上の物語、大和 和紀著のまんが「レディー ミツコ」を久しぶりに引っ張りだして読みました。明治時代、オーストリア=ハンガリー帝国の代理大使である、クーデンホーフ=カレルギー伯爵と恋に落ちてヨーロッパに渡った、日本の骨董屋の娘の物語。
すっかり忘れていたのですが、次男のリヒャルトさんも登場していました。作者は「汎ヨーロッパ主義」について「オーストリア人の父と日本人の母をもつ自分だからこそ そういう考えに至る事ができた」と言わせています。
今回、集会の場面でラズロさんが「諸君の宗教がなんであれ」と言ったり、冒頭のリックの登場で「肌の色、髪の色、瞳の色がなんであれ」平等を口にするのも、このあたりを思い出しますね。リヒャルトを英語読みするとリチャード。リックという名は、原作のタイトルになっていますから偶然でしょうが、面白い一致ですよね。
ラズロさんの一番の見せ場、国家対決場面。
タカラヅカでは百万回見たような、お約束の場面ですが、やはりじーんときちゃいます。
しかし、やはり元がよく出来た映画だけあって、この作品の場合はヴィクター・ラズロのデキる男っぷりを見せ付ける、良い演出ですよね。
酔って高揚したドイツ将校達が、ドイツ国家を歌いながらカフェの至る所で、店の客を威嚇する。客たちは、それぞれ悔しい思いで見ている。
亡命者、フランス人、フランス軍、レジスタンス、そして、この土地の本来の持ち主であるムーア人達。それぞれの立場で抵抗を諦め、ぐっと堪えたり、一人でドイツ軍人に殴りかかり、あっさり押さえ込まれたり。
そんな時に登場する、ヴィクター・ラズロが、フランス国家を歌う。
皆が心を押さえ込む中、ただ一人、堂々とナチスに抵抗の声をあげる。
歌うだけならば、立場を守らなければならないフランス軍人だって、参加できる。
力弱い立場の人々も、か弱い女性も。皆で立上がり抵抗しようと、直接ではない呼びかけ。それは色々な立場の人々を一瞬にまとめあげ、一つの大きなパワーを作り出す。
彼こそは、英雄。
勇気と知略に富み、皆を率いて”勝利”に導く力を持つ、偉大な指導者。
らんとむさんのラズロは、静かに淡々とした抑えた芝居で、逆に彼の心の強さを表現していて、とっても素敵です。
でも、この場面のラズロが切なく見えてしまうのです。
彼こそは、英雄。
彼は、弱く黙っている事しかできない多くの人々の中、昂然と戦いを挑む。
人々は、その勇気ある気高い姿を見て、一緒に戦う事を選ぶ。弱い人々は、彼についていく事で、戦いに一歩踏み出す。
常に危険の矢面に立ち、人々の為に戦う英雄への尊敬は、やがて崇拝となり、人々は彼を愛し、求める。
危険にさらされる英雄を守る為に、自らを犠牲にする人だって、でてくるでしょう。彼の収容所脱出の為に、多くの同士達は、危険を省みず命を懸けて力を尽した筈。
その期待に、愛に、応える為に、英雄は戦いをやめる事はできなくなっていく。
更に力強く危険に立ち向かい、より多くの英雄的行為を重ね、人々の希望となるべく戦い続ける。
”英雄”としての名前が、彼の存在の意義となっているから。ナチスにとって、”英雄”の死は、一人の人間の命とは比べられない価値を持つ。その名前の為に、彼だけが危険に陥る。
…まるで人々の為の、生け贄のように。
古代からの英雄譚が悲劇的に終わる事が多い意味が、らんとむさんのラズロを見て初めて判った気がしました。
そして、スペインで戦い「勇者」と呼ばれたリックも、やはりそんな重荷を背負いかけて…戦場に背を向けたのだろうなーと、思います。
パリで、セザールが戦いの過去を語る時に顔を背けるのは、自分を庇い、目だけではなく命を失った戦友を思い出したからではないかと、私は勝手に思っています。
「人が死ぬのを見るのは、怖い」と彼が歌うのは、「自分の為に」という言葉も含まれるのでは。
当然ラズロ氏も「人が死ぬのを見るのは」平気な事ではないでしょう。
でも、彼は犠牲者に黙祷を捧げながら、あくまでも戦い続ける。
この物語の中、ラズロの背負う使命を一番実感しているのは、きっとリックなのだろうなーと、切なくなるのです。
パリにナチスがやって来る時、リックが「パンドラの匣」の夢を見るのは、リックの心の声なのですよね。
リックの夢なのですから、セザールの台詞はリックの心の中の葛藤。
「今だぜ、立ち上がるのは!」
「いや、武器の入ったあの匣はパンドラの匣。絶対にあけてはいけないんだ」
「思い出せ、戦場の熱さを!」
セザールの姿を借りた、リックの中で押さえ込んだ心の声との対話。
本当はあの時、戦うべきだった…と、彼は思っている。
でも、目の前で煌めくイルザという光を守る事を口実に、リックはその心の声を無視したから。セザールの声を心の中で葬り去り、マルセイユでの結婚式の夢を見たから。
イルザを失った時、リックは自分の心も夢も…自分の価値をも、見失ってしまった。
それなのに。
戦いをやめなかった”英雄”ラズロが、イルザを得ていたという衝撃の事実。なんという皮肉な運命。
セザールとの会話と「パンドラの匣」のナンバーにラズロのイメージが登場する事で、この英雄をリックに対する”壁”の象徴とした小池先生の演出は見事だと、思います。
映画よりも、具体的にリックを打ちのめす存在となりますし、宝塚の二番手としてこれ以上ないくらいのライバルとなったわけです。
そして、二人の男達の間に信頼関係が結ばれるに至って、宝塚的カタルシスが生まれるのです。大劇場で初日を見た時から、この演出はすごいと思っていましたが、オオゾラさん、らんとむさんの二人の芝居が深まるにつれ、更に対比の面白さが出てきたように思います。
公演も中盤に入りましたが、私はしばらく観劇の予定がなくて、寂しいです。きっと、舞台は白熱して、最後に見た時よりずっと深くなっているのでしょうね。
次の観劇が、待ち遠しいです(^^)
ハプニングもありましたが、逆にそこを乗り越えたパワーが光り、印象的な新人公演。一人一人の力が見えた、良い新公だったと思います。今、感想を書きかけていますが、先に書きかけだったものから、アップ。
この物語のヒーロー、ヴィクター・ラズロ氏について。
今回の小池修一郎版「カサブランカ」において、物語上の改編の特徴は大きく二つ。
パリでのリックとイルザの出会いの場面と、ラズロを中心とするレジスタンスの場面が追加された事です。
この追加によって、小池修一郎的解釈が強くでたのが、リックがどのように戦争や時代に向き合うかという事。
そこに一番関わるのが、ヴィクター・ラズロの存在です。
ラズロの英雄的描写を膨らませて、男の中の男とも言うべき存在として、主人公リックに”壁”として立ちはだかります。
いや、本当に、イイ男ですよね、らんとむさんのヴィクター・ラズロ氏は。
男役として、これほどかっこいい役もなかなか無いような完璧なライバル役だと思いますし、その説得力のある大きな存在感。
劇中で「平和主義者」と呼ばれるラズロさん、リックの夢では戦争を呼びかけているように見えて不思議だったので、ちょっと調べてみました。
モデルとなった人物は、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵。
「欧州統合に関して具体的かつ論理的な提案をした最初の人物。彼のアイデアは、第二次世界大戦後に発足したEECからECを経て現在のEUに至る過程の中に具現している。」との事。
映画では、クーデンホーフ=カレルギー伯爵に容貌の似た俳優さんが選ばれたとか。映画のラズロを演じたポール・ヘンリードさんも、カミソリのように鋭くて、
意思の強そうなイイ男ですよね。
謎だった「平和主義者」の部分は、彼が1923年に提唱した「汎ヨーロッパ主義」の事なのでしょうね。ずいぶん大雑把な表現ですが^^;
まあ、あくまでモデルなので、この部分は深く気にするものではありません。
欧州統合論はそれまでにもさまざまにあったようですが、具体的な動きとして各国に汎ヨーロッパ協会を設立し、政治運動として活動した人だそうです。
しかし「世界一優秀なドイツ民族が世界を統合する」というナチス・ドイツにとっては、これは邪魔者。彼はナチスに追われる身となり、1941年にリスボンを経由してアメリカに渡ったとの事。
調べていると懐かしくなり、この方の母上の物語、大和 和紀著のまんが「レディー ミツコ」を久しぶりに引っ張りだして読みました。明治時代、オーストリア=ハンガリー帝国の代理大使である、クーデンホーフ=カレルギー伯爵と恋に落ちてヨーロッパに渡った、日本の骨董屋の娘の物語。
すっかり忘れていたのですが、次男のリヒャルトさんも登場していました。作者は「汎ヨーロッパ主義」について「オーストリア人の父と日本人の母をもつ自分だからこそ そういう考えに至る事ができた」と言わせています。
今回、集会の場面でラズロさんが「諸君の宗教がなんであれ」と言ったり、冒頭のリックの登場で「肌の色、髪の色、瞳の色がなんであれ」平等を口にするのも、このあたりを思い出しますね。リヒャルトを英語読みするとリチャード。リックという名は、原作のタイトルになっていますから偶然でしょうが、面白い一致ですよね。
ラズロさんの一番の見せ場、国家対決場面。
タカラヅカでは百万回見たような、お約束の場面ですが、やはりじーんときちゃいます。
しかし、やはり元がよく出来た映画だけあって、この作品の場合はヴィクター・ラズロのデキる男っぷりを見せ付ける、良い演出ですよね。
酔って高揚したドイツ将校達が、ドイツ国家を歌いながらカフェの至る所で、店の客を威嚇する。客たちは、それぞれ悔しい思いで見ている。
亡命者、フランス人、フランス軍、レジスタンス、そして、この土地の本来の持ち主であるムーア人達。それぞれの立場で抵抗を諦め、ぐっと堪えたり、一人でドイツ軍人に殴りかかり、あっさり押さえ込まれたり。
そんな時に登場する、ヴィクター・ラズロが、フランス国家を歌う。
皆が心を押さえ込む中、ただ一人、堂々とナチスに抵抗の声をあげる。
歌うだけならば、立場を守らなければならないフランス軍人だって、参加できる。
力弱い立場の人々も、か弱い女性も。皆で立上がり抵抗しようと、直接ではない呼びかけ。それは色々な立場の人々を一瞬にまとめあげ、一つの大きなパワーを作り出す。
彼こそは、英雄。
勇気と知略に富み、皆を率いて”勝利”に導く力を持つ、偉大な指導者。
らんとむさんのラズロは、静かに淡々とした抑えた芝居で、逆に彼の心の強さを表現していて、とっても素敵です。
でも、この場面のラズロが切なく見えてしまうのです。
彼こそは、英雄。
彼は、弱く黙っている事しかできない多くの人々の中、昂然と戦いを挑む。
人々は、その勇気ある気高い姿を見て、一緒に戦う事を選ぶ。弱い人々は、彼についていく事で、戦いに一歩踏み出す。
常に危険の矢面に立ち、人々の為に戦う英雄への尊敬は、やがて崇拝となり、人々は彼を愛し、求める。
危険にさらされる英雄を守る為に、自らを犠牲にする人だって、でてくるでしょう。彼の収容所脱出の為に、多くの同士達は、危険を省みず命を懸けて力を尽した筈。
その期待に、愛に、応える為に、英雄は戦いをやめる事はできなくなっていく。
更に力強く危険に立ち向かい、より多くの英雄的行為を重ね、人々の希望となるべく戦い続ける。
”英雄”としての名前が、彼の存在の意義となっているから。ナチスにとって、”英雄”の死は、一人の人間の命とは比べられない価値を持つ。その名前の為に、彼だけが危険に陥る。
…まるで人々の為の、生け贄のように。
古代からの英雄譚が悲劇的に終わる事が多い意味が、らんとむさんのラズロを見て初めて判った気がしました。
そして、スペインで戦い「勇者」と呼ばれたリックも、やはりそんな重荷を背負いかけて…戦場に背を向けたのだろうなーと、思います。
パリで、セザールが戦いの過去を語る時に顔を背けるのは、自分を庇い、目だけではなく命を失った戦友を思い出したからではないかと、私は勝手に思っています。
「人が死ぬのを見るのは、怖い」と彼が歌うのは、「自分の為に」という言葉も含まれるのでは。
当然ラズロ氏も「人が死ぬのを見るのは」平気な事ではないでしょう。
でも、彼は犠牲者に黙祷を捧げながら、あくまでも戦い続ける。
この物語の中、ラズロの背負う使命を一番実感しているのは、きっとリックなのだろうなーと、切なくなるのです。
パリにナチスがやって来る時、リックが「パンドラの匣」の夢を見るのは、リックの心の声なのですよね。
リックの夢なのですから、セザールの台詞はリックの心の中の葛藤。
「今だぜ、立ち上がるのは!」
「いや、武器の入ったあの匣はパンドラの匣。絶対にあけてはいけないんだ」
「思い出せ、戦場の熱さを!」
セザールの姿を借りた、リックの中で押さえ込んだ心の声との対話。
本当はあの時、戦うべきだった…と、彼は思っている。
でも、目の前で煌めくイルザという光を守る事を口実に、リックはその心の声を無視したから。セザールの声を心の中で葬り去り、マルセイユでの結婚式の夢を見たから。
イルザを失った時、リックは自分の心も夢も…自分の価値をも、見失ってしまった。
それなのに。
戦いをやめなかった”英雄”ラズロが、イルザを得ていたという衝撃の事実。なんという皮肉な運命。
セザールとの会話と「パンドラの匣」のナンバーにラズロのイメージが登場する事で、この英雄をリックに対する”壁”の象徴とした小池先生の演出は見事だと、思います。
映画よりも、具体的にリックを打ちのめす存在となりますし、宝塚の二番手としてこれ以上ないくらいのライバルとなったわけです。
そして、二人の男達の間に信頼関係が結ばれるに至って、宝塚的カタルシスが生まれるのです。大劇場で初日を見た時から、この演出はすごいと思っていましたが、オオゾラさん、らんとむさんの二人の芝居が深まるにつれ、更に対比の面白さが出てきたように思います。
公演も中盤に入りましたが、私はしばらく観劇の予定がなくて、寂しいです。きっと、舞台は白熱して、最後に見た時よりずっと深くなっているのでしょうね。
次の観劇が、待ち遠しいです(^^)
男役の立ち方 ~カサブランカ その3~
2010年1月11日 宙組先日、東京に来てリックの作りが若くなった気がする…と書きましたが、原因の一つに突然気付きました。
東京公演って、大劇場公演より、音楽が早回しですよね。台詞を交わすテンポも早いです。音楽によって進む部分の多いミュージカルですから、曲のテンポが早ければ全体の動きも早くなる。
それに伴い、リックの動作も、全体に早回しに。
多分、それが若く見える原因の一つなのではないかと。
大劇場で見た時、リックの動作のひとつひとつが、ゆーーっくりとしたものである事がすごく印象的だったのです。
ゆったり、のっそり、勿体をつけた動きで、歩き、話し、肩をすくめ、タバコを取り出し火を付けて、溜息のように煙を吐き出す。
何もかもゆっくりした動作が、彼がまわりの人々から一歩離れたところにいる事、それでいて”今”を否定している事を表現しているような印象を受けました。
それがパリの場面になると、あのゆっくりした動作ではなく、普通に動いて喋るリックさんになるんですね。すごく若く溌剌としたように見えて、イルザを失って現在に戻ってまた、ゆっくりした動きに戻った時に、一気に老け込んだように見えたんです。
あまりの変貌ぶりに、初めて見た時にはパリの場面は、10年くらい昔の事かと思いました。たった一年半前だと気付いた時は、驚きましたね。
こんな大ダメージを与えられるなんて、イルザの存在のなんと大きなことか…と。
イルザによって受けた傷は、彼女だけが癒す事ができる。リックを現実の時間に戻す事は、イルザしかできないんですね。
そして、現実の時間に戻ってきたリックは、自分のあるべき戦いの世界に向かっていく。
だから「あなたを愛していた、そして今も…」という言葉を聞いてイルザを抱きしめにいく時には、動きが早いんですよね。
大劇場で初日を見た時から、「早いわっ!!」と、すごく印象的で^^;
逆に、それまでリックがどんなにゆっくりと動いていたかに、気付いたのです。
リックさん、感情を表情にはあらわさず、体で表現する人なんですね。ある意味、すごい正直。
ゆったりと重たい、疲れたような動作が、彼の背負ってきたモノを表して。倦み疲れた心の重さと痛みを見せる。
映画と違って顔のアップで見せる事のできない、あの大きな舞台でリックの心情を見せる為の、動作での表現なのでしょう。動きだけでなく、どの場面でも、肩や背中で色々な表情を語ってます。
こういった細かい表現の積み重ねで「カサブランカ」の映画が好きで見に来られた、舞台に慣れてない観客でも、十分にリックの心は伝わるのではないでしょうか。
この公演、客席にすごく多くの男性をお見かけしますが、きっとオペラグラスなんて使われていませんものね。
それともう一つ、印象的だったのが、リックの立ち方です。
両手をポケットに入れて、ちょっと肩をすくめ、上体の重心を後方におく感じにして、少し腰が前にでたような立ち方。
今までオオゾラさんがあまり見せた事のない姿勢と立ち方で、これが大空祐飛流のリックの表現なんだなーと思っていたのですが。
ある日、ふと「あの立ち方、久世さんだ」…と、思ってしまったのです。
宝塚の男役の仕草って、昔の映画を参考にしていたという事ですから、ボガードの仕草なども研究された元だったのでしょうね。
そう考えてみたら、スーツものでポケットに両手を入れて立つというのは、ありがちなポーズだとは思うのですが。
でも、首から背中や腰のラインに、久世さんを思い出したんですよね。あんなふうに立っていたのは「バロンの末裔」の記憶かな。
そういえば、バロンの末裔のラストも同じように、ヒロインを他の男に託して(双子の兄で二役なので、久世さん本人ですが^^;)一人去る物語。
「バロンの末裔」といえば、名場面「雉撃ちの丘」を思い出します。
この「カサブランカ」の深夜のカフェと、飛行場での別れのリックとイルザの会話の緊迫感は、あの「雉撃ちの丘」に並ぶ、迫力と切なさではないかと思います。
宝塚初恋の人が久世星佳さんだった私には、とても嬉しいことでした。
しかし、この姿勢の悪い立ち方も、ゆっくりした仕草も、東京に来て印象が薄れたように思います。
音楽の早さも一因だと思いますが、それだけでなく、意識的なものもあるのかなーと。
2010年のCSでのオオゾラさんの目標で「シンプル」という言葉をあげていました。東宝初日の舞台を見て、ずいぶん「シンプルでストレートになったなぁ」…と思ったのです。
意図的に、リックとしての外側や外見を作りこむ事を、薄くしてみているのじゃないかな~?と、思ったのですがどうでしょうかね。そう感じるのは、私だけかな?
まあ、まだ公演は始まったばかり、今後また変わっていくかもしれませんが…。
東京公演って、大劇場公演より、音楽が早回しですよね。台詞を交わすテンポも早いです。音楽によって進む部分の多いミュージカルですから、曲のテンポが早ければ全体の動きも早くなる。
それに伴い、リックの動作も、全体に早回しに。
多分、それが若く見える原因の一つなのではないかと。
大劇場で見た時、リックの動作のひとつひとつが、ゆーーっくりとしたものである事がすごく印象的だったのです。
ゆったり、のっそり、勿体をつけた動きで、歩き、話し、肩をすくめ、タバコを取り出し火を付けて、溜息のように煙を吐き出す。
何もかもゆっくりした動作が、彼がまわりの人々から一歩離れたところにいる事、それでいて”今”を否定している事を表現しているような印象を受けました。
それがパリの場面になると、あのゆっくりした動作ではなく、普通に動いて喋るリックさんになるんですね。すごく若く溌剌としたように見えて、イルザを失って現在に戻ってまた、ゆっくりした動きに戻った時に、一気に老け込んだように見えたんです。
あまりの変貌ぶりに、初めて見た時にはパリの場面は、10年くらい昔の事かと思いました。たった一年半前だと気付いた時は、驚きましたね。
こんな大ダメージを与えられるなんて、イルザの存在のなんと大きなことか…と。
イルザによって受けた傷は、彼女だけが癒す事ができる。リックを現実の時間に戻す事は、イルザしかできないんですね。
そして、現実の時間に戻ってきたリックは、自分のあるべき戦いの世界に向かっていく。
だから「あなたを愛していた、そして今も…」という言葉を聞いてイルザを抱きしめにいく時には、動きが早いんですよね。
大劇場で初日を見た時から、「早いわっ!!」と、すごく印象的で^^;
逆に、それまでリックがどんなにゆっくりと動いていたかに、気付いたのです。
リックさん、感情を表情にはあらわさず、体で表現する人なんですね。ある意味、すごい正直。
ゆったりと重たい、疲れたような動作が、彼の背負ってきたモノを表して。倦み疲れた心の重さと痛みを見せる。
映画と違って顔のアップで見せる事のできない、あの大きな舞台でリックの心情を見せる為の、動作での表現なのでしょう。動きだけでなく、どの場面でも、肩や背中で色々な表情を語ってます。
こういった細かい表現の積み重ねで「カサブランカ」の映画が好きで見に来られた、舞台に慣れてない観客でも、十分にリックの心は伝わるのではないでしょうか。
この公演、客席にすごく多くの男性をお見かけしますが、きっとオペラグラスなんて使われていませんものね。
それともう一つ、印象的だったのが、リックの立ち方です。
両手をポケットに入れて、ちょっと肩をすくめ、上体の重心を後方におく感じにして、少し腰が前にでたような立ち方。
今までオオゾラさんがあまり見せた事のない姿勢と立ち方で、これが大空祐飛流のリックの表現なんだなーと思っていたのですが。
ある日、ふと「あの立ち方、久世さんだ」…と、思ってしまったのです。
宝塚の男役の仕草って、昔の映画を参考にしていたという事ですから、ボガードの仕草なども研究された元だったのでしょうね。
そう考えてみたら、スーツものでポケットに両手を入れて立つというのは、ありがちなポーズだとは思うのですが。
でも、首から背中や腰のラインに、久世さんを思い出したんですよね。あんなふうに立っていたのは「バロンの末裔」の記憶かな。
そういえば、バロンの末裔のラストも同じように、ヒロインを他の男に託して(双子の兄で二役なので、久世さん本人ですが^^;)一人去る物語。
「バロンの末裔」といえば、名場面「雉撃ちの丘」を思い出します。
この「カサブランカ」の深夜のカフェと、飛行場での別れのリックとイルザの会話の緊迫感は、あの「雉撃ちの丘」に並ぶ、迫力と切なさではないかと思います。
宝塚初恋の人が久世星佳さんだった私には、とても嬉しいことでした。
しかし、この姿勢の悪い立ち方も、ゆっくりした仕草も、東京に来て印象が薄れたように思います。
音楽の早さも一因だと思いますが、それだけでなく、意識的なものもあるのかなーと。
2010年のCSでのオオゾラさんの目標で「シンプル」という言葉をあげていました。東宝初日の舞台を見て、ずいぶん「シンプルでストレートになったなぁ」…と思ったのです。
意図的に、リックとしての外側や外見を作りこむ事を、薄くしてみているのじゃないかな~?と、思ったのですがどうでしょうかね。そう感じるのは、私だけかな?
まあ、まだ公演は始まったばかり、今後また変わっていくかもしれませんが…。
カサブランカ 感想その2
2010年1月8日 宙組東京公演が始まり、三回観劇しました。
自分で見られない時でも、東宝劇場には、カサブランカの街があり、そこにあの人達が生きている…と思うだけで、幸せな毎日を過ごしています。
今更ですが、ネタばれの感想を。
初日の興奮から、少し落ち着いてみると、皆さんの演技がすこーーーし変わった気がします。
具体的にどこ、とはわからないのですが、大劇場観劇時に比べて全体的に皆さんの精神年齢が高めになられたような。
やはり東宝へのお稽古の数日でも変化があるのでしょうね。それでいて、大劇場の前半の時に感じていた「映画のように役を作り込んでいる」感は無く、とても自然にその人物として生きているような気がします。
特に変わったと思ったのが、ラズロとイルザのお二人。
ラズロはより大きく、落ち着きのある大人の男に、イルザはだいぶ強い女性になった気がします。
先日も書きましたが、リックとイルザの二人の場面の会話はとても緊迫して、対等に言い争う雰囲気がでました。
すみ花ちゃんは、控えめで、たおやかな女性なので、実は意外に「気の強い女性」は苦手だったんですよね。「大江山花伝」の藤子も、「オグリ!」の照手姫も、原作の漫画はもう少し気の強い雰囲気だったので「天才・野々 すみ花にも、出来ない事ってあるんだなー」と思っていたのでした。
もちろん、それがすみ花ちゃんの個性ですから、不満があったわけでは無いのです。すみ花ちゃんも芯は強いですし、感情の流れはきっちりできていたので、むしろ宝塚の娘役として、あるべき姿に見えました。
でもイルザは、原作映画のバーグマンが西洋の女性らしく自分の意見をはっきりと言う強さがあり、ちょっと苦しいかな~と思うところもありました。すみ花ちゃんのイルザに対して「ちょっと違う」という意見があるのは、実はヴィジュアルそのものというよりは、そこの所のほうが大きいんじゃないかと思うんです。
それは宝塚の娘役としてのキャラクターを作る際に、ヴィジュアルの元になる部分というか。性格が顔に出ちゃう部分。
すみ花ちゃんは、たおやかで控えめで優しい雰囲気が、前にでていますから。
イルザは、やっぱりウメちゃんあたりが似合う役だろうなーと思うのは、ウメちゃんのあの美貌とスタイルだけでなく、強い意志を持って、大切なものを守る為に戦う女性でもあったからなのです。その戦う強さが、ゴージャスな存在感を作っていたのではないかな。たおやかで控えめで優しい女性でもあるのですが、ね(^^)
で、すみ花ちゃんのイルザに強さが出てきたのは、大変喜ばしいところ。
イルザは、ラズロと共にナチスと戦う女性ですから。芯が強いだけでなく、表立って戦う勇気と逞しさも必要です。
だからこそ、あの二人のイイ男に愛されるのですものね。
リックに対しても、負けずに言い争うほうが説得力があります。「リックを傷つけた事は心苦しいけれど、あの時は仕方がなかったの!」と、強く主張するほうがイルザらしい。それに対して、リックも遠慮せずに自分の哀れさを主張できるようになり、あの緊迫感に繋がるのかな、と。
そしてまた、パリの場面の甘さも引き立てられますしね。
で、あんなに年下の娘を相手に、なりふり構わずに過去を責めるリックさんのほうは、ちょっと若い作りになったような気がします。
まあ、あの映画の時代の37歳と、イマドキの37歳はちょっと違いますからね。このくらいのほうがいいかなーと思いますが。
けれども、ラストの飛行場でのイルザに対する包容力は、大劇場よりぐーーーっと増しています。
ここは以前よりずっと強くなって、揺ぎ無い存在になっている気がしますね。
「世界の果てまでも」のデュエットで、硬く凍り付いていたリックの心がふわっと開いてから、イルザとそしてラズロとの会話が有り。
「本当の俺」を歌い終わるまでに、彼は何もかもを受け止め、急激に精神的成長を遂げる…という作りになったのかなーと感じました。
この、リックの心が再生していく流れで、心地よい涙を流す自分に気付きました。あんまり舞台を見て泣かない人間なのに。
多くの劇評にも書かれていますが、この役を演じる為に、大空祐飛の今までの長い道のりがあったんだな、と素直に思います。
遠い昔「黒い瞳」で、プガチョフの代役を終えた1月7日。
あれから12年たったのかな?昨日、その同じ日に観劇して、そんな遠い道のりを思い起こしたりしたのでした。
自分で見られない時でも、東宝劇場には、カサブランカの街があり、そこにあの人達が生きている…と思うだけで、幸せな毎日を過ごしています。
今更ですが、ネタばれの感想を。
初日の興奮から、少し落ち着いてみると、皆さんの演技がすこーーーし変わった気がします。
具体的にどこ、とはわからないのですが、大劇場観劇時に比べて全体的に皆さんの精神年齢が高めになられたような。
やはり東宝へのお稽古の数日でも変化があるのでしょうね。それでいて、大劇場の前半の時に感じていた「映画のように役を作り込んでいる」感は無く、とても自然にその人物として生きているような気がします。
特に変わったと思ったのが、ラズロとイルザのお二人。
ラズロはより大きく、落ち着きのある大人の男に、イルザはだいぶ強い女性になった気がします。
先日も書きましたが、リックとイルザの二人の場面の会話はとても緊迫して、対等に言い争う雰囲気がでました。
すみ花ちゃんは、控えめで、たおやかな女性なので、実は意外に「気の強い女性」は苦手だったんですよね。「大江山花伝」の藤子も、「オグリ!」の照手姫も、原作の漫画はもう少し気の強い雰囲気だったので「天才・野々 すみ花にも、出来ない事ってあるんだなー」と思っていたのでした。
もちろん、それがすみ花ちゃんの個性ですから、不満があったわけでは無いのです。すみ花ちゃんも芯は強いですし、感情の流れはきっちりできていたので、むしろ宝塚の娘役として、あるべき姿に見えました。
でもイルザは、原作映画のバーグマンが西洋の女性らしく自分の意見をはっきりと言う強さがあり、ちょっと苦しいかな~と思うところもありました。すみ花ちゃんのイルザに対して「ちょっと違う」という意見があるのは、実はヴィジュアルそのものというよりは、そこの所のほうが大きいんじゃないかと思うんです。
それは宝塚の娘役としてのキャラクターを作る際に、ヴィジュアルの元になる部分というか。性格が顔に出ちゃう部分。
すみ花ちゃんは、たおやかで控えめで優しい雰囲気が、前にでていますから。
イルザは、やっぱりウメちゃんあたりが似合う役だろうなーと思うのは、ウメちゃんのあの美貌とスタイルだけでなく、強い意志を持って、大切なものを守る為に戦う女性でもあったからなのです。その戦う強さが、ゴージャスな存在感を作っていたのではないかな。たおやかで控えめで優しい女性でもあるのですが、ね(^^)
で、すみ花ちゃんのイルザに強さが出てきたのは、大変喜ばしいところ。
イルザは、ラズロと共にナチスと戦う女性ですから。芯が強いだけでなく、表立って戦う勇気と逞しさも必要です。
だからこそ、あの二人のイイ男に愛されるのですものね。
リックに対しても、負けずに言い争うほうが説得力があります。「リックを傷つけた事は心苦しいけれど、あの時は仕方がなかったの!」と、強く主張するほうがイルザらしい。それに対して、リックも遠慮せずに自分の哀れさを主張できるようになり、あの緊迫感に繋がるのかな、と。
そしてまた、パリの場面の甘さも引き立てられますしね。
で、あんなに年下の娘を相手に、なりふり構わずに過去を責めるリックさんのほうは、ちょっと若い作りになったような気がします。
まあ、あの映画の時代の37歳と、イマドキの37歳はちょっと違いますからね。このくらいのほうがいいかなーと思いますが。
けれども、ラストの飛行場でのイルザに対する包容力は、大劇場よりぐーーーっと増しています。
ここは以前よりずっと強くなって、揺ぎ無い存在になっている気がしますね。
「世界の果てまでも」のデュエットで、硬く凍り付いていたリックの心がふわっと開いてから、イルザとそしてラズロとの会話が有り。
「本当の俺」を歌い終わるまでに、彼は何もかもを受け止め、急激に精神的成長を遂げる…という作りになったのかなーと感じました。
この、リックの心が再生していく流れで、心地よい涙を流す自分に気付きました。あんまり舞台を見て泣かない人間なのに。
多くの劇評にも書かれていますが、この役を演じる為に、大空祐飛の今までの長い道のりがあったんだな、と素直に思います。
遠い昔「黒い瞳」で、プガチョフの代役を終えた1月7日。
あれから12年たったのかな?昨日、その同じ日に観劇して、そんな遠い道のりを思い起こしたりしたのでした。
あけましておめでとうございます
2010年1月4日 宙組2010年、そして、東京宝塚劇場宙組公演「カサブランカ」初日
明けましておめでとうございます。
のんびりした役に立たないブログですが、本年もよろしくお願いします。
今日は宙組初日。客席は、ほのかに祝祭ムードもあり、もうすっかり馴染んだふうでもあり。開演アナウンスには新年のご挨拶がプラス。
「宙組の大空祐飛です」で拍手がありました。
私は今まで東宝でもあまり初日を見る事がなかったので、ちょっと新鮮な気がしました。
舞台は、私が大劇場で見たものより、ぐっと熱い感じ。
宙組名物のコーラスは、更に迫力を増していました。芝居も緊迫感が増してますね。
やはり、リックとイルザの二人のドラマがすごく濃密になっています。
再会した時、リックがイルザを見つめる視線の強さ。
パリの場面の出会いも雰囲気が変わったかな。リックのテーブルについたイルザが随分泣いていて、彼女を見つめるリックが、恋に引き込まれていく様子が手に取れるよう。イルザが過去の恋人について語る場面は、ジェラシーも過去を無理に聞いた後のしゅんとした風情も、純粋な少年のよう。かわいー。
「過去は聞かない」の曲がいっそう甘く聞こえました。
「パリにナチスがやってくる」のナンバーも、更にパワーアップ。
そして、現在に戻り、イルザが店に訪ねてきた。この二人の緊迫感がすごい。
二幕になって、バザールでの会話、特にラズロが夫である事を告げた後の、会話の切なさも増しています。
ここの「それなのに、何故…」が、大好きなので、嬉しいです。
国家対決の場面も、勿論、双方のコーラスが良くなっています。
最後のイヴォンヌの「フランス万歳!」が、すごく良くなりました。タイミングもばっちり。ちょっとうるっときた。
リックに銃を向けるイルザが、切ない。対するリックは、怖いくらいの大迫力。「撃つんだ!」の台詞も重くなったなぁ。
そして「世界の果てまでも」を歌う二人、ここも印象が変わった気がします。
イルザを見つめて歌いながら、どんどん心情が変化していくのが、ストレートに伝わります。イルザとの別れの切なさを感じながらも、硬く凍っていた心が再生されて、自分自身の進むべき道へ向かう流れが判りやすくなったかな。
空港でのイルザとの会話も緊迫していますが、ここは限りなく優しくて、強い意思がみなぎっていて…。
東京でのスタートが、こんなにハイレベルな所からなのかと驚きつつも、今後の変化が楽しみになりました(^^)
フィナーレのデュエットダンスは、幸せそうな笑顔を交し合うお二人を見て、幸せ過ぎて涙が。
お二人のシンクロ度も増したように思えます。腕の角度など、踊りとしてのシンクロではなく^^;動きを作る、心の流れが揃っていると感じられます。
そしてパレード、宙組の皆さんの、オオゾラさんを迎える笑顔が優しくて暖かくて。もうすっかり、ここがオオゾラさんの居場所なんだと実感しました。
オオゾラさん、最後のご挨拶も立派でした。
東京での幸せなスタートを切り、これからの公演が楽しみで、心浮き立つ初日となりました。
これから一ヶ月、沢山、この「カサブランカ」の公演を見れる。
カサブランカの舞台で息づく、皆さんに会える。なんて幸せ♪
宙組の皆様、どうぞお体にお気をつけて、元気でパワフルに頑張って下さいませ。
インフルエンザなんかに、負けないで!!
明けましておめでとうございます。
のんびりした役に立たないブログですが、本年もよろしくお願いします。
今日は宙組初日。客席は、ほのかに祝祭ムードもあり、もうすっかり馴染んだふうでもあり。開演アナウンスには新年のご挨拶がプラス。
「宙組の大空祐飛です」で拍手がありました。
私は今まで東宝でもあまり初日を見る事がなかったので、ちょっと新鮮な気がしました。
舞台は、私が大劇場で見たものより、ぐっと熱い感じ。
宙組名物のコーラスは、更に迫力を増していました。芝居も緊迫感が増してますね。
やはり、リックとイルザの二人のドラマがすごく濃密になっています。
再会した時、リックがイルザを見つめる視線の強さ。
パリの場面の出会いも雰囲気が変わったかな。リックのテーブルについたイルザが随分泣いていて、彼女を見つめるリックが、恋に引き込まれていく様子が手に取れるよう。イルザが過去の恋人について語る場面は、ジェラシーも過去を無理に聞いた後のしゅんとした風情も、純粋な少年のよう。かわいー。
「過去は聞かない」の曲がいっそう甘く聞こえました。
「パリにナチスがやってくる」のナンバーも、更にパワーアップ。
そして、現在に戻り、イルザが店に訪ねてきた。この二人の緊迫感がすごい。
二幕になって、バザールでの会話、特にラズロが夫である事を告げた後の、会話の切なさも増しています。
ここの「それなのに、何故…」が、大好きなので、嬉しいです。
国家対決の場面も、勿論、双方のコーラスが良くなっています。
最後のイヴォンヌの「フランス万歳!」が、すごく良くなりました。タイミングもばっちり。ちょっとうるっときた。
リックに銃を向けるイルザが、切ない。対するリックは、怖いくらいの大迫力。「撃つんだ!」の台詞も重くなったなぁ。
そして「世界の果てまでも」を歌う二人、ここも印象が変わった気がします。
イルザを見つめて歌いながら、どんどん心情が変化していくのが、ストレートに伝わります。イルザとの別れの切なさを感じながらも、硬く凍っていた心が再生されて、自分自身の進むべき道へ向かう流れが判りやすくなったかな。
空港でのイルザとの会話も緊迫していますが、ここは限りなく優しくて、強い意思がみなぎっていて…。
東京でのスタートが、こんなにハイレベルな所からなのかと驚きつつも、今後の変化が楽しみになりました(^^)
フィナーレのデュエットダンスは、幸せそうな笑顔を交し合うお二人を見て、幸せ過ぎて涙が。
お二人のシンクロ度も増したように思えます。腕の角度など、踊りとしてのシンクロではなく^^;動きを作る、心の流れが揃っていると感じられます。
そしてパレード、宙組の皆さんの、オオゾラさんを迎える笑顔が優しくて暖かくて。もうすっかり、ここがオオゾラさんの居場所なんだと実感しました。
オオゾラさん、最後のご挨拶も立派でした。
東京での幸せなスタートを切り、これからの公演が楽しみで、心浮き立つ初日となりました。
これから一ヶ月、沢山、この「カサブランカ」の公演を見れる。
カサブランカの舞台で息づく、皆さんに会える。なんて幸せ♪
宙組の皆様、どうぞお体にお気をつけて、元気でパワフルに頑張って下さいませ。
インフルエンザなんかに、負けないで!!
「カサブランカ」大劇場公演千秋楽映像を見て書いていた事、先日のショックで、アップする気にならず放置していました。
私のPCには、こうやって時期を逸してアップしそこねたり、書きかけで放置したままの文章が沢山あるのです(^^ゞ
今更…とは思いますが、とりあえず、書いている部分だけ。
ニュースの「カサブランカ」千秋楽映像を何度も見て、しみじみしています。
ご卒業されるお二人にとって、宝塚大劇場の舞台とのお別れ。きっと深い想いを抱いて、舞台に立たれた事でしょう。
萬あきらさん、長い間おつかれさまでした。楽のパレードの黒燕尾姿、本当に素敵でした。袴姿も清潔で品があり、これこそが宝塚の生徒の辿りつくところなのだと、身をもって示す姿に胸を打たれました。
最後にこの作品に出て下さって、サムという役を演じて下さって、本当に嬉しかったです。
陽気なクラブ歌手でもあり、言葉少なにリックとイルザを見守る年上の助言者でもあり。萬さんの、深くて渋くて苦くて、そして甘い声の、言葉も歌も、この作品の大きな魅力の一つです。
私にとって、萬さんは「どんなときでも、決して品を失わない」というイメージが強かったので、サムという役が発表された時は意外に感じたのですが。
クラブで歌っている時は思い切りハジケても、普段の会話では、やはり人間としての品があります。人を思いやる優しさが、人間としての品位と誇りに繋がる、という役の作り方が、素敵だと思います。それもまた、古き良き時代のハリウッド映画の雰囲気を出しているような気がします。
安里舞生さんの最後のご挨拶も、とても立派であり、率直な言葉が可愛くて。
「逆転裁判2」で、友人からのオススメで注目して、これから見ていくぞ!と楽しみにしていたのですが…。
お二人とも、東京公演の最後までこの公演を楽しんで下さるよう祈っております。
そして、三度目の遠征の思い出を少しだけ。
この公演、最後の日曜日でした。他の用との兼ね合いで、一回だけしか見られなかったのですが、それでも行って良かった。
良い舞台でしたし、前回見てからたった一週間の変化がすごくて。
こんなに変わるんだ…という作品の勢い、宙組の皆さんの作品にかけるパワーを感じる事ができました。
全体に皆さん、熱くヒートアップしてましたね。良い作品だし、気持ちも昂ぶるのでしょう。
皆さん、初日頃の「映画のキャラクターそのままに、役を作りこんでいる」…という感じが、薄れていたような。
あまりに高揚して役に入り込んで、その心のままに、舞台で”その時”を生きて、自分の心から沸き上がる言葉を喋り、心を歌い踊る。ナマの舞台を見る、醍醐味を味わいました。
ただ、そのぶん素の自分が出てきてしまって、キャラクター皆さんが若くなっていた印象。
この熱さの上に、東京公演のお稽古で、また役を作り込んで乗せていくと、更にパワーアップした舞台になるでしょうね。楽しみです。
そしてまた、リックとイルザの変化は大きかったですねー。びっくりしました。
その前の週に見た時、あんなにも清々しくイルザを見送ったリックさん。なんか…未練を残してそうな^^;
あの、潔い清々しさは、いったいどこへ???
イルザを手放すのが、思いっきり、勿体無くて辛くて寂しくて、たまらない…ような。苦しいリックさんになられたようでした。
でも、別れが辛いだけに、思い切る力も強くなったのですね。
だからこそ、戦争と時代への怒りも深く、別れの悲しみは切なく。
こうやって、切なさと潔さ、清々しさの間を行き来しながら、心は、芝居は、深くなっていくのしょうね。
反対に、イルザはうっとり夢見心地状態を脱して、現実に戻ってくる強さが出てきた印象。これは、すごく良い感じでした。
もっと、強くなってくれてもいいなーと、思います。イルザは、ただ時代に翻弄されるだけじゃないほうが、今の時代を生きる女性として感情移入しやすいですしね。
そして、それから数日後の、千秋楽の映像。
僅か数日で、ぐっと芝居が深まって舞台全体の皆さんのパワーが強くなった事が、ビシバシ伝わってきました。
短いカットのコマギレ映像でも、すごいパワーが見えます。やっぱり、宙組って勢いにのると、わーーーっといっちゃう組なんだな。なんとも力強い。
数日の事なのに、これだけ深くなるなんて、すごいなー。
東京公演では、どこまで行く事になるのか?早く、皆さんのパワーに圧倒されたいです。
コマギレの映像でしたが、リックとイルザにも、また少し変化があったようですね。
リックはまた、更に熱くなって…ウジウジ男っぷりが、増しているような^^;
すみ花ちゃんは、イルザとしての役への入り込み方がすごくなって、パワーアップ!
舞台のうえで、テンション高く突っ走るすみ花ちゃんを見て「これでこそ、野々 すみ花!」と、思いました。
これくらい、熱いパワーで役に入り込んでこそ、すみ花ちゃんらしいですよ。すみ花ちゃんがここまでこれたなら、また芝居の印象も変わってくるでしょう。
東京公演が、益々楽しみになりました。
今日から「タカラヅカスペシャル2009 」ですね。二日間、4公演のお祭り。
私は、明日、一度だけ見られる予定。噂の「茨木と逆転裁判のコラボ」のなかなか評判が良いようで、楽しみです(^^)
私のPCには、こうやって時期を逸してアップしそこねたり、書きかけで放置したままの文章が沢山あるのです(^^ゞ
今更…とは思いますが、とりあえず、書いている部分だけ。
ニュースの「カサブランカ」千秋楽映像を何度も見て、しみじみしています。
ご卒業されるお二人にとって、宝塚大劇場の舞台とのお別れ。きっと深い想いを抱いて、舞台に立たれた事でしょう。
萬あきらさん、長い間おつかれさまでした。楽のパレードの黒燕尾姿、本当に素敵でした。袴姿も清潔で品があり、これこそが宝塚の生徒の辿りつくところなのだと、身をもって示す姿に胸を打たれました。
最後にこの作品に出て下さって、サムという役を演じて下さって、本当に嬉しかったです。
陽気なクラブ歌手でもあり、言葉少なにリックとイルザを見守る年上の助言者でもあり。萬さんの、深くて渋くて苦くて、そして甘い声の、言葉も歌も、この作品の大きな魅力の一つです。
私にとって、萬さんは「どんなときでも、決して品を失わない」というイメージが強かったので、サムという役が発表された時は意外に感じたのですが。
クラブで歌っている時は思い切りハジケても、普段の会話では、やはり人間としての品があります。人を思いやる優しさが、人間としての品位と誇りに繋がる、という役の作り方が、素敵だと思います。それもまた、古き良き時代のハリウッド映画の雰囲気を出しているような気がします。
安里舞生さんの最後のご挨拶も、とても立派であり、率直な言葉が可愛くて。
「逆転裁判2」で、友人からのオススメで注目して、これから見ていくぞ!と楽しみにしていたのですが…。
お二人とも、東京公演の最後までこの公演を楽しんで下さるよう祈っております。
そして、三度目の遠征の思い出を少しだけ。
この公演、最後の日曜日でした。他の用との兼ね合いで、一回だけしか見られなかったのですが、それでも行って良かった。
良い舞台でしたし、前回見てからたった一週間の変化がすごくて。
こんなに変わるんだ…という作品の勢い、宙組の皆さんの作品にかけるパワーを感じる事ができました。
全体に皆さん、熱くヒートアップしてましたね。良い作品だし、気持ちも昂ぶるのでしょう。
皆さん、初日頃の「映画のキャラクターそのままに、役を作りこんでいる」…という感じが、薄れていたような。
あまりに高揚して役に入り込んで、その心のままに、舞台で”その時”を生きて、自分の心から沸き上がる言葉を喋り、心を歌い踊る。ナマの舞台を見る、醍醐味を味わいました。
ただ、そのぶん素の自分が出てきてしまって、キャラクター皆さんが若くなっていた印象。
この熱さの上に、東京公演のお稽古で、また役を作り込んで乗せていくと、更にパワーアップした舞台になるでしょうね。楽しみです。
そしてまた、リックとイルザの変化は大きかったですねー。びっくりしました。
その前の週に見た時、あんなにも清々しくイルザを見送ったリックさん。なんか…未練を残してそうな^^;
あの、潔い清々しさは、いったいどこへ???
イルザを手放すのが、思いっきり、勿体無くて辛くて寂しくて、たまらない…ような。苦しいリックさんになられたようでした。
でも、別れが辛いだけに、思い切る力も強くなったのですね。
だからこそ、戦争と時代への怒りも深く、別れの悲しみは切なく。
こうやって、切なさと潔さ、清々しさの間を行き来しながら、心は、芝居は、深くなっていくのしょうね。
反対に、イルザはうっとり夢見心地状態を脱して、現実に戻ってくる強さが出てきた印象。これは、すごく良い感じでした。
もっと、強くなってくれてもいいなーと、思います。イルザは、ただ時代に翻弄されるだけじゃないほうが、今の時代を生きる女性として感情移入しやすいですしね。
そして、それから数日後の、千秋楽の映像。
僅か数日で、ぐっと芝居が深まって舞台全体の皆さんのパワーが強くなった事が、ビシバシ伝わってきました。
短いカットのコマギレ映像でも、すごいパワーが見えます。やっぱり、宙組って勢いにのると、わーーーっといっちゃう組なんだな。なんとも力強い。
数日の事なのに、これだけ深くなるなんて、すごいなー。
東京公演では、どこまで行く事になるのか?早く、皆さんのパワーに圧倒されたいです。
コマギレの映像でしたが、リックとイルザにも、また少し変化があったようですね。
リックはまた、更に熱くなって…ウジウジ男っぷりが、増しているような^^;
すみ花ちゃんは、イルザとしての役への入り込み方がすごくなって、パワーアップ!
舞台のうえで、テンション高く突っ走るすみ花ちゃんを見て「これでこそ、野々 すみ花!」と、思いました。
これくらい、熱いパワーで役に入り込んでこそ、すみ花ちゃんらしいですよ。すみ花ちゃんがここまでこれたなら、また芝居の印象も変わってくるでしょう。
東京公演が、益々楽しみになりました。
今日から「タカラヅカスペシャル2009 」ですね。二日間、4公演のお祭り。
私は、明日、一度だけ見られる予定。噂の「茨木と逆転裁判のコラボ」のなかなか評判が良いようで、楽しみです(^^)
宙組大劇場公演「カサブランカ」、二度目の遠征に行ってきました。
…と、随分たってしまったのですが(^^ゞ
さて、遠征第二回目。初日の遠征から二週間。
インフルエンザの嵐と戦った後の「カサブランカ」は、グッと深みをまして、パワーアップした舞台でした。
宙組の皆さん、それぞれ一人一人の芝居も良くなったし、それがお互いによく噛合うようになったかな。全体の流れが、とても良くなったと思いました。
そして、それに伴って音楽の魅力が大きくなりました、私のなかで。
前回の「大王四神記」の時もそうだったのですが、太田先生の音楽って、初日付近にはあまり魅力を感じなかったのです。
なんとなくインパクトに欠けるというか。印象に残る曲が少なくて、初日の後には「我々は生きている」と、青木先生の「過去は聞かない」しか覚えてなかったんです。
でも、何回か見るうちに、それぞれの曲の印象が少しずつ残るようになり。
この二回目の遠征では、それぞれの人物の感情と音楽がすごく馴染んで、すーーっと入ってくる感じになりました。
多分次の観劇では、音楽で表現される感情にハマって、すごい名曲揃いで、この音楽がなければこの作品は成立しない!と思うでしょう。
きっと、最初は音楽そのものよりも人物の感情を感じてしまうんでしょうね。そして余裕ができてから、音楽として認識する…多分それだけ音楽と心情のシンクロ度が高いのかな。
さて、芝居での一番大きな変化は、結末に向けてのリックの心の動きでしょうね。
初日付近では「本当の俺はどう生きる」と歌いながら、その通り考え中…というイメージだったのですが。
もう、ここでは、迷いは少しも見られなくなりましたね。
上着を脱いで、抱き合ってライトが当たった時。
「世界の果てまでも」と歌うリックは、満たされた思いの中、もう既に心を決めている様子。時折、別れの寂しさを滲ませながらイルザを見つめ…それでも、その寂しささえも、幸せな愛しいものであると。
静かな決意に満ちた様子に、彼の本来の心の強さと、イルザによってもたらされたものの大きさが見えます。
そして空港での別れも、イルザを包み込むような優しさを見せて。
この場面でのリックの態度に、寂しさは感じなくなりましたね。
「パリの思い出がある」の台詞の優しさと力強さも増して、泣かされるわ。
たとえこの先、一生会えなかったとしても、これからの人生を照らす光がある、と納得させられる力強さ…初日の頃より、ずっと強く真っ直ぐに感じられるようになりました。
その後、二人を見送った後の、寂しさを含んだ希望の光も強くなり。
一人舞台奥に去っていく背中が、より大きく、かっこよく見えるようになりました。それによって、清々しさがググーーーーーっと増して、見終わったあとのカタルシスも大きくなりましたね。
公演期間が短くなったぶん、芝居が良くなるスピードもアップしたのか?とも思うほど。あれから数日たっていますから、きっともっと良くなっているんだろうなー。
そして、すみかちゃん。
ちょっと髪型をコンパクトにしたのか?すっきりと綺麗になったように見えました。
イルザも一番の変化は、「世界の果てまでも」の場面。
「あなたを愛していた…そして、今でも」の台詞の後、「とうとう言ってしまった」という表情が、すこし変わった…ように思います。
心を覆う事が出来なくなった、力ない姿が本当に愛しいです。
ずっと勿体つけた、ゆったりした動作のリックが、急に超スピードの動作で抱きしめに行くのも納得^^;
場面が変わった時から、イルザのうっとり度が増して。ああ、幸せなんだな、と力づくで納得させられる姿。
リックを見る目が虚ろになくらいに、ふんわり夢見心地の様子で。
ずっと押し込めできた想いを開放して、リックに抱きしめられて…もう、判断力も何もかも失くして、ただ幸せに酔っている。…すごく可愛いのだけど、見ているほうは切ないです。
そのイルザの姿を包み込むように見守るリックは、逆にすごく穏かで。もう彼の心は決まり、迷いは無くて。
二人の、そんな対照的な姿が、ぐっと胸に迫る場面になりました。
リックは清々しく去っていくのだけれど、時代に翻弄されるイルザの姿が、哀しいです…。
さて、もう一度くらい大劇場で見たいという、夢は叶うのか?
…と、随分たってしまったのですが(^^ゞ
さて、遠征第二回目。初日の遠征から二週間。
インフルエンザの嵐と戦った後の「カサブランカ」は、グッと深みをまして、パワーアップした舞台でした。
宙組の皆さん、それぞれ一人一人の芝居も良くなったし、それがお互いによく噛合うようになったかな。全体の流れが、とても良くなったと思いました。
そして、それに伴って音楽の魅力が大きくなりました、私のなかで。
前回の「大王四神記」の時もそうだったのですが、太田先生の音楽って、初日付近にはあまり魅力を感じなかったのです。
なんとなくインパクトに欠けるというか。印象に残る曲が少なくて、初日の後には「我々は生きている」と、青木先生の「過去は聞かない」しか覚えてなかったんです。
でも、何回か見るうちに、それぞれの曲の印象が少しずつ残るようになり。
この二回目の遠征では、それぞれの人物の感情と音楽がすごく馴染んで、すーーっと入ってくる感じになりました。
多分次の観劇では、音楽で表現される感情にハマって、すごい名曲揃いで、この音楽がなければこの作品は成立しない!と思うでしょう。
きっと、最初は音楽そのものよりも人物の感情を感じてしまうんでしょうね。そして余裕ができてから、音楽として認識する…多分それだけ音楽と心情のシンクロ度が高いのかな。
さて、芝居での一番大きな変化は、結末に向けてのリックの心の動きでしょうね。
初日付近では「本当の俺はどう生きる」と歌いながら、その通り考え中…というイメージだったのですが。
もう、ここでは、迷いは少しも見られなくなりましたね。
上着を脱いで、抱き合ってライトが当たった時。
「世界の果てまでも」と歌うリックは、満たされた思いの中、もう既に心を決めている様子。時折、別れの寂しさを滲ませながらイルザを見つめ…それでも、その寂しささえも、幸せな愛しいものであると。
静かな決意に満ちた様子に、彼の本来の心の強さと、イルザによってもたらされたものの大きさが見えます。
そして空港での別れも、イルザを包み込むような優しさを見せて。
この場面でのリックの態度に、寂しさは感じなくなりましたね。
「パリの思い出がある」の台詞の優しさと力強さも増して、泣かされるわ。
たとえこの先、一生会えなかったとしても、これからの人生を照らす光がある、と納得させられる力強さ…初日の頃より、ずっと強く真っ直ぐに感じられるようになりました。
その後、二人を見送った後の、寂しさを含んだ希望の光も強くなり。
一人舞台奥に去っていく背中が、より大きく、かっこよく見えるようになりました。それによって、清々しさがググーーーーーっと増して、見終わったあとのカタルシスも大きくなりましたね。
公演期間が短くなったぶん、芝居が良くなるスピードもアップしたのか?とも思うほど。あれから数日たっていますから、きっともっと良くなっているんだろうなー。
そして、すみかちゃん。
ちょっと髪型をコンパクトにしたのか?すっきりと綺麗になったように見えました。
イルザも一番の変化は、「世界の果てまでも」の場面。
「あなたを愛していた…そして、今でも」の台詞の後、「とうとう言ってしまった」という表情が、すこし変わった…ように思います。
心を覆う事が出来なくなった、力ない姿が本当に愛しいです。
ずっと勿体つけた、ゆったりした動作のリックが、急に超スピードの動作で抱きしめに行くのも納得^^;
場面が変わった時から、イルザのうっとり度が増して。ああ、幸せなんだな、と力づくで納得させられる姿。
リックを見る目が虚ろになくらいに、ふんわり夢見心地の様子で。
ずっと押し込めできた想いを開放して、リックに抱きしめられて…もう、判断力も何もかも失くして、ただ幸せに酔っている。…すごく可愛いのだけど、見ているほうは切ないです。
そのイルザの姿を包み込むように見守るリックは、逆にすごく穏かで。もう彼の心は決まり、迷いは無くて。
二人の、そんな対照的な姿が、ぐっと胸に迫る場面になりました。
リックは清々しく去っていくのだけれど、時代に翻弄されるイルザの姿が、哀しいです…。
さて、もう一度くらい大劇場で見たいという、夢は叶うのか?
書く事がまとまらないので、一言だけつぶやき。
CSで「カサブランカ」のCMらしきものが流れているのを見ました。
一度だけしか見ていないのですが、舞台映像がパッパッと映っていくもの。
そして最後に、タイトルと共に、かの名台詞でキメ。
…いたたまれない。
舞台では、その前の台詞からの流れで、身構える事なく聞けるのですが。
あの台詞だけ取り出して聞くと、なんとも、いたたまれない。
ナウオンで話されていた、読み合わせで挙動不審になってしまったすみ花ちゃんの気持ちが、初めて分かりました。やっぱり、恥ずかしいよね(^_^;)
画面が無く声だけというのが、またなんともいえないのです。
本当に好きな声、というか。
声だけで、いやむしろ声だけだからの魅力。その威力。
ああ、オオゾラさんのあの声で、あんな台詞を聞く日が来る事になろうとは。
しかも、トップさんになったオオゾラさんが、CMのキメ台詞(+_+)
人生って何が起こるか判らない。
でも、起こってしまったんですよね。本当に。
すごいことだよね。うん、改めてすごいと思ったよ。
CSで「カサブランカ」のCMらしきものが流れているのを見ました。
一度だけしか見ていないのですが、舞台映像がパッパッと映っていくもの。
そして最後に、タイトルと共に、かの名台詞でキメ。
…いたたまれない。
舞台では、その前の台詞からの流れで、身構える事なく聞けるのですが。
あの台詞だけ取り出して聞くと、なんとも、いたたまれない。
ナウオンで話されていた、読み合わせで挙動不審になってしまったすみ花ちゃんの気持ちが、初めて分かりました。やっぱり、恥ずかしいよね(^_^;)
画面が無く声だけというのが、またなんともいえないのです。
本当に好きな声、というか。
声だけで、いやむしろ声だけだからの魅力。その威力。
ああ、オオゾラさんのあの声で、あんな台詞を聞く日が来る事になろうとは。
しかも、トップさんになったオオゾラさんが、CMのキメ台詞(+_+)
人生って何が起こるか判らない。
でも、起こってしまったんですよね。本当に。
すごいことだよね。うん、改めてすごいと思ったよ。
残念なことばかり…と、感想を少し
2009年11月20日 宙組出遅れましたが、月組集合日、また追加で退団者が発表されて、寂しいです。
夏鳳しおりちゃん、前回の月組エリザベートの時、病院の場面で本当にバイオリンを弾いていたのが印象的。それに、ハリラバの愛人役、上手かったなぁ。
また一人、あの時の仲間が月組を去ってしまうんですね。今回の「エリザベート」新公のリヒテンシュタインも、すごく良かったのに…残念です。
どうして、こう、良い芝居をする方ばかりが退団となるのか。でも、それが彼女の選んだ道ならば、ファンにはただ幸せを祈ることしかできないのですが。
東京公演でのサヨナラは寂しいですが、残り少ない宝塚生活を楽しんで下さいね。
そして、宙組の休演者は、入れ替わりに。
復帰が早かったのはひと安心ですが、そのまますぐに代役に入られる方も…本当に大変なことだと思います。
復帰が早かったのは、やはり「インフルエンザの疑い」の状態でも、ともかく、休演という事なのでしょうか。限られた範囲にあれだけの人数がいる場所ですから、拡散防止のほうに重点をおく必要があるのかな。
先日お仕事で関わった工場では、入り口に体温計が置いてあり、37.5度以上あったら進入禁止との事でした。さすがに、宝塚ではそれはないでしょうが、近いものがあるのかなぁ。
せっかくなので、この方たちの印象から先に書いてしまいます。
しかし、今回のまさこちゃん休演は影響が大きいですよね。カーティスのおじさまも、群集の中を歩き回って会話があったりで色々タイミングが難しかったりするでしょうし。いきなりの代役は大変ですよね。
セザールは、リックと1場面会話があり、「パンドラの匣」のナンバーでは中心となりますし、オオゾラさんと殴りあったりもします。
出番は短いですが、あの眼帯がすごく印象的な、美味しい役です。ちょっと、博多座の茨木と酒天童子を思わせるのも楽しいし、この作中には、意外に他に似た雰囲気のキャラがいないのも良いです。
ストイックな雰囲気が、まさこちゃんにぴったりですごくかっこいい。休演は残念ですが、今後の事もありますし、しっかりお体を休めて復帰して欲しいです。
ちーちゃん、代役は大変だと思いますが、復帰までの数日間を踏ん張って下さいね。
ちーちゃんのセザールも素敵だろうな~と思います。短い期間でも、本公演で場面を一つ作るような大きな役、今後の糧となると思います。
また、繰り上がりの役替りの皆さんも、それぞれ大きな役。
ちーちゃんの代役、澄輝さん。フランス陸軍から、ひそかにレジスタンスの活動をする、カジノのクルービエへと、正反対の役に。カッセル中尉ではあの美貌を軍服に包み、堅い男の雰囲気が素敵ですが。エミールは情のある会話が印象的な役で、切り替えが大変そう。「プロなのにこんなに負けてしまって…」と恐縮する場面は、加減が難しいところだと思います。ちーちゃんは上手く作って魅力的なので、あっきーも頑張ってくださいね(^^)
同じフランス陸軍同士でカッセル中尉の代役となる、風羽さん。たしか、立ち位置が隣とかも多かったような。繰上げという事になると思いますが、それも結構混乱しそうですよね。しかも、休演あけなのに。
カッセルは結構台詞もありますし、さっつんの今のフランス兵の軍服の着こなしや身のこなしはとても良いと思いますので、頑張って欲しいです。
そして、先日まで踊り子の代役を頑張っていたのに、休演となってしまった桜子ちゃん、大変だったんですね(T_T)
踊り子さんは、本役の舞姫さんとは違う雰囲気で色気を振りまいたり、ジャンと二人でニヤリとする姿も意味ありげで素敵でした。しっかりお休みになって、早く回復して下さいね。
マヤ役の代役に入る花里さんも、ちょっとした美味しい役を、楽しんで頑張っていただきたいですね。
他にも、公式で役名が紹介されてなくても、繰り上がりで入っている方も多いと思います。みなさん、本当に早く良くなって欲しいですね。
では、今日はこれくらいで。
……それにしても、近未来SF って。
うううーーーん。私の世代だと、どうしても「世紀末救世主伝説」な某有名漫画を思い出してしまい、あたたたたたたたーな気分になってしまったのですが^^;
でも、小柳先生なら「OZ」とかのほうが、ありがちなのかしらん?アリスちゃんとカチャで、19の女性タイプと男性タイプとか…あ、無理だわ。
しかし、小柳先生だし、いかにも漫画に元ネタが有りそうな感じです。最近はあんまり漫画も読んでないので、よくわからないなぁ。
夏鳳しおりちゃん、前回の月組エリザベートの時、病院の場面で本当にバイオリンを弾いていたのが印象的。それに、ハリラバの愛人役、上手かったなぁ。
また一人、あの時の仲間が月組を去ってしまうんですね。今回の「エリザベート」新公のリヒテンシュタインも、すごく良かったのに…残念です。
どうして、こう、良い芝居をする方ばかりが退団となるのか。でも、それが彼女の選んだ道ならば、ファンにはただ幸せを祈ることしかできないのですが。
東京公演でのサヨナラは寂しいですが、残り少ない宝塚生活を楽しんで下さいね。
そして、宙組の休演者は、入れ替わりに。
復帰が早かったのはひと安心ですが、そのまますぐに代役に入られる方も…本当に大変なことだと思います。
復帰が早かったのは、やはり「インフルエンザの疑い」の状態でも、ともかく、休演という事なのでしょうか。限られた範囲にあれだけの人数がいる場所ですから、拡散防止のほうに重点をおく必要があるのかな。
先日お仕事で関わった工場では、入り口に体温計が置いてあり、37.5度以上あったら進入禁止との事でした。さすがに、宝塚ではそれはないでしょうが、近いものがあるのかなぁ。
せっかくなので、この方たちの印象から先に書いてしまいます。
しかし、今回のまさこちゃん休演は影響が大きいですよね。カーティスのおじさまも、群集の中を歩き回って会話があったりで色々タイミングが難しかったりするでしょうし。いきなりの代役は大変ですよね。
セザールは、リックと1場面会話があり、「パンドラの匣」のナンバーでは中心となりますし、オオゾラさんと殴りあったりもします。
出番は短いですが、あの眼帯がすごく印象的な、美味しい役です。ちょっと、博多座の茨木と酒天童子を思わせるのも楽しいし、この作中には、意外に他に似た雰囲気のキャラがいないのも良いです。
ストイックな雰囲気が、まさこちゃんにぴったりですごくかっこいい。休演は残念ですが、今後の事もありますし、しっかりお体を休めて復帰して欲しいです。
ちーちゃん、代役は大変だと思いますが、復帰までの数日間を踏ん張って下さいね。
ちーちゃんのセザールも素敵だろうな~と思います。短い期間でも、本公演で場面を一つ作るような大きな役、今後の糧となると思います。
また、繰り上がりの役替りの皆さんも、それぞれ大きな役。
ちーちゃんの代役、澄輝さん。フランス陸軍から、ひそかにレジスタンスの活動をする、カジノのクルービエへと、正反対の役に。カッセル中尉ではあの美貌を軍服に包み、堅い男の雰囲気が素敵ですが。エミールは情のある会話が印象的な役で、切り替えが大変そう。「プロなのにこんなに負けてしまって…」と恐縮する場面は、加減が難しいところだと思います。ちーちゃんは上手く作って魅力的なので、あっきーも頑張ってくださいね(^^)
同じフランス陸軍同士でカッセル中尉の代役となる、風羽さん。たしか、立ち位置が隣とかも多かったような。繰上げという事になると思いますが、それも結構混乱しそうですよね。しかも、休演あけなのに。
カッセルは結構台詞もありますし、さっつんの今のフランス兵の軍服の着こなしや身のこなしはとても良いと思いますので、頑張って欲しいです。
そして、先日まで踊り子の代役を頑張っていたのに、休演となってしまった桜子ちゃん、大変だったんですね(T_T)
踊り子さんは、本役の舞姫さんとは違う雰囲気で色気を振りまいたり、ジャンと二人でニヤリとする姿も意味ありげで素敵でした。しっかりお休みになって、早く回復して下さいね。
マヤ役の代役に入る花里さんも、ちょっとした美味しい役を、楽しんで頑張っていただきたいですね。
他にも、公式で役名が紹介されてなくても、繰り上がりで入っている方も多いと思います。みなさん、本当に早く良くなって欲しいですね。
では、今日はこれくらいで。
……それにしても、近未来SF って。
うううーーーん。私の世代だと、どうしても「世紀末救世主伝説」な某有名漫画を思い出してしまい、あたたたたたたたーな気分になってしまったのですが^^;
でも、小柳先生なら「OZ」とかのほうが、ありがちなのかしらん?アリスちゃんとカチャで、19の女性タイプと男性タイプとか…あ、無理だわ。
しかし、小柳先生だし、いかにも漫画に元ネタが有りそうな感じです。最近はあんまり漫画も読んでないので、よくわからないなぁ。
宙組大劇場公演「カサブランカ」見てきました
2009年11月18日 宙組宙組大劇場公演「カサブランカ」見てきました。
初日から三日間。感動の三日間でした。
浮かれ騒いでぐったりして帰ってきたら、大浦みずきさんの訃報が。
冷や水をかぶせられた気がしました。世の中、人の力ではどうにもならない事が沢山ある。決して、取り返しのつかない事が。
なつめさんの舞台、私はナマで見た事がないのです。いつか、そのうちにと、思っていたのに。…いつかは、なくなってしまった。
CSで過去の宝塚作品を見る度に、現役の頃に見ていたら絶対にファンになってると思う方の筆頭で。何故に私はこの時代に宝塚を知らなかったのか悔しく思わせる方。
なつめさんの踊りは、手を上げるだけでも、脚を上げるだけにも、指先のほんの少しの動きにも哲学というか、精神的というか思想のようなはっきりしたものを感じて感動していました。もはや、過去の映像で見る事しかできなくなってしまって、本当に残念です。ご冥福を、心よりお祈りしています。
さて、一応、記録として。
宙組「カサブランカ」は、期待以上の秀作。
さすが、小池修一郎。天才、ここにありという感じ。
映画の「カサブランカ」は、リックとイルザの二人のパーソナルな恋物語という印象が強い気がしていたのですが。今回の小池版は、映画をきっちりとそのままミュージカル化したものでもあり、第二次世界大戦という巨大な歴史の動き中の人々の物語として、壮大なミュージカルとなりました。なんといっても、宙組のコーラスの凄さで押しまくる、力強い群集の場面が素晴らしい。
そのせいもあり、作品を見ている間は、お披露目公演として…というよりは「大作ミュージカル」の初日を、息をのんで見守る心持ちでした。
勿論、お披露目を迎えたファンとしては「主役って、こんな事も、あんな事もして貰えるんだ(*_*)」という、驚きや喜びを感じながら見ていましたが。
オオゾラさんも、トップお披露目初日…というより、少ない時間で組子の皆さんと必死で作り上げてきた大作を世に問う、お披露目の日という印象。
博多座初日のような、一杯一杯な感じも無く、堅実に初日をこなしているように見えました。…翌日以降に急速に良くなる舞台を見て、やっぱり緊張してたんだなーとも、思いましたが^^;
しかし、フィナーレも滞りなく進み、主演コンビ大劇場初のデュエット・ダンスにて、しみじみと涙が。
優しく幸せそうに微笑みあって踊るお二人が、あまりにも、美しくて。「良かったね、オオゾラさん」と、ただそれだけを思いました。
そして、エトワールのりりこちゃんのすんばらしい美声が響いて、パレード。オペラグラスでお顔も見たいが、頑張った皆さんに大きな拍手を送りたい!…と、毎回もどかしく思います。
まさこちゃん、やっぱり素敵だわーとか、ともちん一人降りだ!とか、みっちゃんは羽は無いんだ…とか、らんとむさんの純白の羽がとても綺麗だとか思っているうちに。
すみ花ちゃん、お衣装も髪型もなんて可愛いの!すみ花ちゃんのスタイルや、ラインの美しさをいかした綺麗なドレス、そして大きな羽。こんなに素敵な相手役さんと組んでいただけてファンは幸せです。
そして、舞台に全員が揃ったところで、オオゾラさんの登場。
宙組の皆さんの、暖かくて優しい、純粋な笑顔に迎えられて。巨大な羽を背負って。あの大きな舞台の真ん中に、笑顔で立っている。
思わず舞台全体をぐるっと見廻して、真ん中というのが、どんなに真ん中であるかを確認しました(^^ゞ
やっぱり、泣いちゃいましたね、いくら普段あまり泣かない私でも。
幸せの涙って、人の幸せを祝って流す涙って、なんて気持ちの良いものなんだろうと、改めて知りました。
本当に良かった…。やっと、正式に始まった「宙組トップ」期間、更に幸せなものとなる事を祈っております。
作品やそれぞれの出演者について。
初日はただ夢中で見ていたんですが、回数を重ねるごとに発見が多い作品です。
とても立体的で、多くの登場人物がそれぞれの人生のドラマを持って、一つの場所に存在している瞬間を切り取った作品。だから見る角度によって見える景色が違って見えてくるし、今後もドラマはより深くなってくる事でしょう。
世界は緊迫した情勢で、舞台にいる全員が命を脅かされているなかで、人は、どう生きるのか。
映画とは違い多くの出演者が舞台にいる宝塚で、丹念に、混乱した「カサブランカ」に生きる人々を描いています。みんなが集まるリックのカフェには、様々な人達がその人なりの立場で芝居をしているので、どこも見たい。目が足りないですね。
そんな、世界が崩壊するかもしれない中、恋にジタバタする可愛いリック。
ダブルのスーツの着こなしの美しさ、ソフト帽にトレンチコートのシルエットのかっこよさ。シガレットケースからタバコを取り出し、火をつける仕草の繊細さ。
他の誰とも違う「大空祐飛」としての男役の集大成の姿。
役柄としては、今までに主演してきた同時代の人物、スコットやステファーノさんを思い出す部分もあるのだけれど、よく見てみるとかなり違う。
もとのアメリカ映画の仕草なども取り入れて、今までと違うオーバーアクションな部分もありますが、やっぱり表現が全て大きくなった気がするかな。
大劇場の主演者サイズの芝居であり、宙組の皆さんの影響もあるのか、明るくて大きな、新しい「大空祐飛」を感じました。
映画のリックのキャラともだいぶ違うイメージですね。やはり、宝塚的というか、もっと優しくてシンプルにかっこいい、普通にヒーローっぽくなっていると感じました。
映画のボガードのリックは、本当にイヤミでウジウジした、普通の男性。決してヒーローではない、普通の男が「やせ我慢の美学」を見せる所が、魅力なんですよね。でも、今回の舞台化で描かれるリックの過去の場面なども合わせると、やはりこのリック像が必要だったのかな。
傷ついた人間が持つ、相手の傷の痛みがわかるからこその優しさが見えるのが、オオゾラさんらしくて素敵です。
イルザのすみ花ちゃんは、難しい役どころを頑張って演じてくれたと思います。
今回の舞台化では、ラズロの社会的役割などについてかなり説明されるので、イルザの行動についてもわかりやすくなったのが救いかな?
やはりこちらも、映画とはちょっと違った印象。
すみ花ちゃんのイルザは、バーグマンに比べると欧米女性のキツさや激しさが無いですし、見た目はちょっと幼い感じもあるのだけれど。中身は、自分の責任を果たそうとする自立した女性なんですね。演出的にも演技的にも、日本的な女性に近い感じがしました。
パリの別れ「世界の終わりみたいなキス」の場面、リックの背中に回された手に持った手紙を、ぎゅっと握りつぶすのが印象的。
リックが去ったあとの慟哭よりも、胸に迫ります。リックのキスが上手いだけに^^;
蘭寿さんのラズロ、イイ男ですよねー。なにげに、今回、ラズロさんはかなり好きなキャラになっています。
あんまり書くとネタバレになるけど、リックにとっての大きな壁になるという小池先生の解釈に「なるほどー」と思いました。
ラズロは完全無欠の「英雄」だけれども、その英雄であり続ける為の苦しさを、リックの存在が描き出す。そして、ラズロの存在がリックの心の鬱屈をくっきりと見せてくれて…なんとも、面白い存在です。
確かに、その二人の間にいるイルザは困ったことだろうな、と思います。
決して多くはないですが、リックとラズロの二人の場面はどれも緊張感があって、実に良いですね。すごく新鮮ですし。
時間の経過につれて、微妙に変化していく関係を、お二人は繊細に演じていると思います。対照的な二人の男の間に流れる、本人たちだけのお互いへの理解がなんとも素敵。
蘭寿さんは辛抱役だし、色々ぐっと抑えるばかりで大変だろうと思いますが、抑えた芝居がすごく好きです。今後、どんどん良くなるでしょうし、それによって作品全体が良くなっていくと思うので、期待が大きいです。
・・・さて、まだメインの三人しか書いていませんが、時間切れなので、いずれまた。
良い作品でスタートとなった事を喜びつつ、今日はこれで。
最期に、休演となった皆様の、一日も早いご回復を祈ります。
何も発表されませんが、インフルエンザの疑い、でしょうか。皆さん、結構目立つ場面を持っているので、悔しい思いをなさっている事と思います。代役にたたれた方も大変でしょうね。やはり、花・月と休演者の続くなか、いつでも代役に立てるように、心の準備はしていらっしゃるのでしょうか。エリザのような代役でのお稽古までは無いかもしれませんが…。
ともかく、これ以上、被害が広からない事を祈っております。
初日から三日間。感動の三日間でした。
浮かれ騒いでぐったりして帰ってきたら、大浦みずきさんの訃報が。
冷や水をかぶせられた気がしました。世の中、人の力ではどうにもならない事が沢山ある。決して、取り返しのつかない事が。
なつめさんの舞台、私はナマで見た事がないのです。いつか、そのうちにと、思っていたのに。…いつかは、なくなってしまった。
CSで過去の宝塚作品を見る度に、現役の頃に見ていたら絶対にファンになってると思う方の筆頭で。何故に私はこの時代に宝塚を知らなかったのか悔しく思わせる方。
なつめさんの踊りは、手を上げるだけでも、脚を上げるだけにも、指先のほんの少しの動きにも哲学というか、精神的というか思想のようなはっきりしたものを感じて感動していました。もはや、過去の映像で見る事しかできなくなってしまって、本当に残念です。ご冥福を、心よりお祈りしています。
さて、一応、記録として。
宙組「カサブランカ」は、期待以上の秀作。
さすが、小池修一郎。天才、ここにありという感じ。
映画の「カサブランカ」は、リックとイルザの二人のパーソナルな恋物語という印象が強い気がしていたのですが。今回の小池版は、映画をきっちりとそのままミュージカル化したものでもあり、第二次世界大戦という巨大な歴史の動き中の人々の物語として、壮大なミュージカルとなりました。なんといっても、宙組のコーラスの凄さで押しまくる、力強い群集の場面が素晴らしい。
そのせいもあり、作品を見ている間は、お披露目公演として…というよりは「大作ミュージカル」の初日を、息をのんで見守る心持ちでした。
勿論、お披露目を迎えたファンとしては「主役って、こんな事も、あんな事もして貰えるんだ(*_*)」という、驚きや喜びを感じながら見ていましたが。
オオゾラさんも、トップお披露目初日…というより、少ない時間で組子の皆さんと必死で作り上げてきた大作を世に問う、お披露目の日という印象。
博多座初日のような、一杯一杯な感じも無く、堅実に初日をこなしているように見えました。…翌日以降に急速に良くなる舞台を見て、やっぱり緊張してたんだなーとも、思いましたが^^;
しかし、フィナーレも滞りなく進み、主演コンビ大劇場初のデュエット・ダンスにて、しみじみと涙が。
優しく幸せそうに微笑みあって踊るお二人が、あまりにも、美しくて。「良かったね、オオゾラさん」と、ただそれだけを思いました。
そして、エトワールのりりこちゃんのすんばらしい美声が響いて、パレード。オペラグラスでお顔も見たいが、頑張った皆さんに大きな拍手を送りたい!…と、毎回もどかしく思います。
まさこちゃん、やっぱり素敵だわーとか、ともちん一人降りだ!とか、みっちゃんは羽は無いんだ…とか、らんとむさんの純白の羽がとても綺麗だとか思っているうちに。
すみ花ちゃん、お衣装も髪型もなんて可愛いの!すみ花ちゃんのスタイルや、ラインの美しさをいかした綺麗なドレス、そして大きな羽。こんなに素敵な相手役さんと組んでいただけてファンは幸せです。
そして、舞台に全員が揃ったところで、オオゾラさんの登場。
宙組の皆さんの、暖かくて優しい、純粋な笑顔に迎えられて。巨大な羽を背負って。あの大きな舞台の真ん中に、笑顔で立っている。
思わず舞台全体をぐるっと見廻して、真ん中というのが、どんなに真ん中であるかを確認しました(^^ゞ
やっぱり、泣いちゃいましたね、いくら普段あまり泣かない私でも。
幸せの涙って、人の幸せを祝って流す涙って、なんて気持ちの良いものなんだろうと、改めて知りました。
本当に良かった…。やっと、正式に始まった「宙組トップ」期間、更に幸せなものとなる事を祈っております。
作品やそれぞれの出演者について。
初日はただ夢中で見ていたんですが、回数を重ねるごとに発見が多い作品です。
とても立体的で、多くの登場人物がそれぞれの人生のドラマを持って、一つの場所に存在している瞬間を切り取った作品。だから見る角度によって見える景色が違って見えてくるし、今後もドラマはより深くなってくる事でしょう。
世界は緊迫した情勢で、舞台にいる全員が命を脅かされているなかで、人は、どう生きるのか。
映画とは違い多くの出演者が舞台にいる宝塚で、丹念に、混乱した「カサブランカ」に生きる人々を描いています。みんなが集まるリックのカフェには、様々な人達がその人なりの立場で芝居をしているので、どこも見たい。目が足りないですね。
そんな、世界が崩壊するかもしれない中、恋にジタバタする可愛いリック。
ダブルのスーツの着こなしの美しさ、ソフト帽にトレンチコートのシルエットのかっこよさ。シガレットケースからタバコを取り出し、火をつける仕草の繊細さ。
他の誰とも違う「大空祐飛」としての男役の集大成の姿。
役柄としては、今までに主演してきた同時代の人物、スコットやステファーノさんを思い出す部分もあるのだけれど、よく見てみるとかなり違う。
もとのアメリカ映画の仕草なども取り入れて、今までと違うオーバーアクションな部分もありますが、やっぱり表現が全て大きくなった気がするかな。
大劇場の主演者サイズの芝居であり、宙組の皆さんの影響もあるのか、明るくて大きな、新しい「大空祐飛」を感じました。
映画のリックのキャラともだいぶ違うイメージですね。やはり、宝塚的というか、もっと優しくてシンプルにかっこいい、普通にヒーローっぽくなっていると感じました。
映画のボガードのリックは、本当にイヤミでウジウジした、普通の男性。決してヒーローではない、普通の男が「やせ我慢の美学」を見せる所が、魅力なんですよね。でも、今回の舞台化で描かれるリックの過去の場面なども合わせると、やはりこのリック像が必要だったのかな。
傷ついた人間が持つ、相手の傷の痛みがわかるからこその優しさが見えるのが、オオゾラさんらしくて素敵です。
イルザのすみ花ちゃんは、難しい役どころを頑張って演じてくれたと思います。
今回の舞台化では、ラズロの社会的役割などについてかなり説明されるので、イルザの行動についてもわかりやすくなったのが救いかな?
やはりこちらも、映画とはちょっと違った印象。
すみ花ちゃんのイルザは、バーグマンに比べると欧米女性のキツさや激しさが無いですし、見た目はちょっと幼い感じもあるのだけれど。中身は、自分の責任を果たそうとする自立した女性なんですね。演出的にも演技的にも、日本的な女性に近い感じがしました。
パリの別れ「世界の終わりみたいなキス」の場面、リックの背中に回された手に持った手紙を、ぎゅっと握りつぶすのが印象的。
リックが去ったあとの慟哭よりも、胸に迫ります。リックのキスが上手いだけに^^;
蘭寿さんのラズロ、イイ男ですよねー。なにげに、今回、ラズロさんはかなり好きなキャラになっています。
あんまり書くとネタバレになるけど、リックにとっての大きな壁になるという小池先生の解釈に「なるほどー」と思いました。
ラズロは完全無欠の「英雄」だけれども、その英雄であり続ける為の苦しさを、リックの存在が描き出す。そして、ラズロの存在がリックの心の鬱屈をくっきりと見せてくれて…なんとも、面白い存在です。
確かに、その二人の間にいるイルザは困ったことだろうな、と思います。
決して多くはないですが、リックとラズロの二人の場面はどれも緊張感があって、実に良いですね。すごく新鮮ですし。
時間の経過につれて、微妙に変化していく関係を、お二人は繊細に演じていると思います。対照的な二人の男の間に流れる、本人たちだけのお互いへの理解がなんとも素敵。
蘭寿さんは辛抱役だし、色々ぐっと抑えるばかりで大変だろうと思いますが、抑えた芝居がすごく好きです。今後、どんどん良くなるでしょうし、それによって作品全体が良くなっていくと思うので、期待が大きいです。
・・・さて、まだメインの三人しか書いていませんが、時間切れなので、いずれまた。
良い作品でスタートとなった事を喜びつつ、今日はこれで。
最期に、休演となった皆様の、一日も早いご回復を祈ります。
何も発表されませんが、インフルエンザの疑い、でしょうか。皆さん、結構目立つ場面を持っているので、悔しい思いをなさっている事と思います。代役にたたれた方も大変でしょうね。やはり、花・月と休演者の続くなか、いつでも代役に立てるように、心の準備はしていらっしゃるのでしょうか。エリザのような代役でのお稽古までは無いかもしれませんが…。
ともかく、これ以上、被害が広からない事を祈っております。
瑞々しい「大江山花伝」その2
2009年11月12日 宙組とうとう、大劇場お披露目の初日が、明日に迫ってきました。
「宙組トップスター 大空祐飛」の言葉にも、だいぶ慣れてきたつもりがでしたが。先日の月組お花渡しのお姿を見て「やっぱり本公演のトップさんは違う」と感動してから、舞台の真ん中に立つオオゾラさんを見る事にドキドキしています。
しかし。
さすがにその前に書きかけ放置のものを終わらせましょうという事で、「大江山花伝」の続き。販売DVDは、まだ未購入です(^^ゞ
さて、前回、「瑞々しい」という言葉には、「若い・新鮮」という意味がある…と、書きかけまして。「鬼」と「人」の自分の間で悩み続ける茨木は、原作よりもずっと若い印象を持ちました。
鬼が象徴する悪と人の間で、また父の後を継ぐ事はできないなどと、悩む茨木。
善と悪、周囲の人間と自分の望みの間で悩むなんて、青少年のする事ですよ。
前回の公演では、おじさんのリカルド・ロメロで渋くキメてた人が!
まあ、そのロメロさんの数十分後、「ひき潮の青年」で初恋を演じていて、凄いなーと思ったのですが。
童顔・丸顔をいかして、最近のオオゾラさんは年齢設定自由自在。
ヨン・ホゲの時も、あの細い首を微妙に線の細い様子に見せ、青年らしさを演出していて「あの首には、ああいう使いかたがあったのか!」と驚いたのですが。
意外に、微妙な身体の使いかたで年齢や身分を身体で表現する芝居が上手くなったんですよね、オオゾラさんって。役の年齢などの設定によって結構作りこんでいるので、膝の曲げ方とや肩の使いかたとか、毎回結構違ってます。今度のリックは、どんなふうに「大人の男のダンディズム」を表現するのか、楽しみ♪
…話を戻して。
原作の茨木は、萱野達を裏切った時、「鬼」としての道を選び、人としての自分を捨てた。それが、青年時代の終わりであり、その後はもう、自分の道を悩む事は無いんですね。
ふじこを見守っていても、綱に彼女を託す事に迷いは無い。もう、とうの昔に諦めた事だから。萱野と六郎太を死に追いやったのに、自分だけがふじこと幸せになる事は、できない。
だから、ふじこが死に至る事によって、やっと茨木は最期を彼女と寄り添う事ができたのだと思います。
ふじこの顔の傷は、彼女の行動を制限する為の設定であり、茨木にとっては関係のないものなのです。
柴田先生による舞台化の一番大きな脚色は、この茨木の存在を決定付ける「過去の裏切り」の記憶を封印し時を止めて、劇中で解除する事でした。
これによって、原作の本編では固まっていた茨木の人格を曖昧にして、クライマックスに茨木が道を選ぶ…という劇的な変更となるんですね。
更に、ラストの滝つぼの場面でのふじこの長台詞によって、茨木はその罪を赦され、救われる。
そしてふじこが矢に射られる事で、茨木は彼女を抱きしめる事ができ、二人は滝つぼに消えていく…。
この、後半クライマックスの畳み掛けるような展開で、劇場中をすすり泣きで埋めることなります。そのぶん、前半は説明場面の積み重ねのようだ…と言われると、そうなのかもしれません。
前半に、茨木の葛藤を丹念に描いて、その苦しむ姿に観客が感情移入しているからこそ、後半のふじこの長台詞が胸に迫るのだと思います。
その為に、ふじこはこのクライマックスまで、自分で心情を語る事は一切ありません。
原作でも、ふじこは黙って突然突拍子もない事をするキャラなのですが、柴田先生はそのキャラクターを上手く改編して、クライマックスで思いの丈を語る存在としました。
クライマックスのヒロイン長台詞で、色々な事を解決するという段取りは、イマドキはなかなか受けない手法です。植田景子氏あたりが使うと、コテンパンに叩かれると思うのですが。
このように丁寧な演出の積み重ねと、力を持った役者の芝居で畳み掛ければ、やっぱり効果的な王道の演出なんですよね。
なんといっても、すみ花ちゃんが演じるのですもの。上手くいって当たり前です。
戦場の場面、茨木の場面が長く続いた後に登場する時。すみ花ちゃんは袖から舞台を見ていたのでしょうか?
「茨木ーーー」と叫びながら登場する時、既に泣いている事が何度もありました。前の場面から、結構時間があくのに。この、役に入り込むエネルギーとテンションが、天才少女と言われる所以だと、毎回感心しておりました。
ふじこの長台詞をもの影からこっそり聞いていた茨木さん、また、良い顔で出てくるんですよね。
その、感動の表情で、ふじこの存在とその言葉の重みが、ぐっと迫ってくるのです。
この二人の、言葉少ない芝居のコンビネーションは、本当に素晴らしいものでした。お互いの芝居で、相手の芝居を強調しあえる、どんどん深い芝居を作っていける二人。組んで芝居をしたのが、たった一作だとは思えないですね。しかも、「銀ちゃん」の時は、小夏と銀ちゃんの場面は少なかったのに。
人の運と廻り合わせは不思議なものだと、改めて思います。こんな相手役に恵まれるなんて、オオゾラさんって、やっぱりすごい強運の持ち主なのかもしれない…と、今後も何度も思う事でしょうね。
「カサブランカ」初日、とうとう明日に迫ってきました。
今度はどんな芝居を見せて下さるのか。そして、宙組全員で作る、新しい世界はどんな色になるのか。
でも、きっと良い舞台になる、それだけは確かな事だと信じられる。
…それが、オオゾラさんのファンになって良かった事だなーと、思います。
今はただ、楽しみで、ドキドキしながら、明日の開演時間を待つ事にします。
「宙組トップスター 大空祐飛」の言葉にも、だいぶ慣れてきたつもりがでしたが。先日の月組お花渡しのお姿を見て「やっぱり本公演のトップさんは違う」と感動してから、舞台の真ん中に立つオオゾラさんを見る事にドキドキしています。
しかし。
さすがにその前に書きかけ放置のものを終わらせましょうという事で、「大江山花伝」の続き。販売DVDは、まだ未購入です(^^ゞ
さて、前回、「瑞々しい」という言葉には、「若い・新鮮」という意味がある…と、書きかけまして。「鬼」と「人」の自分の間で悩み続ける茨木は、原作よりもずっと若い印象を持ちました。
鬼が象徴する悪と人の間で、また父の後を継ぐ事はできないなどと、悩む茨木。
善と悪、周囲の人間と自分の望みの間で悩むなんて、青少年のする事ですよ。
前回の公演では、おじさんのリカルド・ロメロで渋くキメてた人が!
まあ、そのロメロさんの数十分後、「ひき潮の青年」で初恋を演じていて、凄いなーと思ったのですが。
童顔・丸顔をいかして、最近のオオゾラさんは年齢設定自由自在。
ヨン・ホゲの時も、あの細い首を微妙に線の細い様子に見せ、青年らしさを演出していて「あの首には、ああいう使いかたがあったのか!」と驚いたのですが。
意外に、微妙な身体の使いかたで年齢や身分を身体で表現する芝居が上手くなったんですよね、オオゾラさんって。役の年齢などの設定によって結構作りこんでいるので、膝の曲げ方とや肩の使いかたとか、毎回結構違ってます。今度のリックは、どんなふうに「大人の男のダンディズム」を表現するのか、楽しみ♪
…話を戻して。
原作の茨木は、萱野達を裏切った時、「鬼」としての道を選び、人としての自分を捨てた。それが、青年時代の終わりであり、その後はもう、自分の道を悩む事は無いんですね。
ふじこを見守っていても、綱に彼女を託す事に迷いは無い。もう、とうの昔に諦めた事だから。萱野と六郎太を死に追いやったのに、自分だけがふじこと幸せになる事は、できない。
だから、ふじこが死に至る事によって、やっと茨木は最期を彼女と寄り添う事ができたのだと思います。
ふじこの顔の傷は、彼女の行動を制限する為の設定であり、茨木にとっては関係のないものなのです。
柴田先生による舞台化の一番大きな脚色は、この茨木の存在を決定付ける「過去の裏切り」の記憶を封印し時を止めて、劇中で解除する事でした。
これによって、原作の本編では固まっていた茨木の人格を曖昧にして、クライマックスに茨木が道を選ぶ…という劇的な変更となるんですね。
更に、ラストの滝つぼの場面でのふじこの長台詞によって、茨木はその罪を赦され、救われる。
そしてふじこが矢に射られる事で、茨木は彼女を抱きしめる事ができ、二人は滝つぼに消えていく…。
この、後半クライマックスの畳み掛けるような展開で、劇場中をすすり泣きで埋めることなります。そのぶん、前半は説明場面の積み重ねのようだ…と言われると、そうなのかもしれません。
前半に、茨木の葛藤を丹念に描いて、その苦しむ姿に観客が感情移入しているからこそ、後半のふじこの長台詞が胸に迫るのだと思います。
その為に、ふじこはこのクライマックスまで、自分で心情を語る事は一切ありません。
原作でも、ふじこは黙って突然突拍子もない事をするキャラなのですが、柴田先生はそのキャラクターを上手く改編して、クライマックスで思いの丈を語る存在としました。
クライマックスのヒロイン長台詞で、色々な事を解決するという段取りは、イマドキはなかなか受けない手法です。植田景子氏あたりが使うと、コテンパンに叩かれると思うのですが。
このように丁寧な演出の積み重ねと、力を持った役者の芝居で畳み掛ければ、やっぱり効果的な王道の演出なんですよね。
なんといっても、すみ花ちゃんが演じるのですもの。上手くいって当たり前です。
戦場の場面、茨木の場面が長く続いた後に登場する時。すみ花ちゃんは袖から舞台を見ていたのでしょうか?
「茨木ーーー」と叫びながら登場する時、既に泣いている事が何度もありました。前の場面から、結構時間があくのに。この、役に入り込むエネルギーとテンションが、天才少女と言われる所以だと、毎回感心しておりました。
ふじこの長台詞をもの影からこっそり聞いていた茨木さん、また、良い顔で出てくるんですよね。
その、感動の表情で、ふじこの存在とその言葉の重みが、ぐっと迫ってくるのです。
この二人の、言葉少ない芝居のコンビネーションは、本当に素晴らしいものでした。お互いの芝居で、相手の芝居を強調しあえる、どんどん深い芝居を作っていける二人。組んで芝居をしたのが、たった一作だとは思えないですね。しかも、「銀ちゃん」の時は、小夏と銀ちゃんの場面は少なかったのに。
人の運と廻り合わせは不思議なものだと、改めて思います。こんな相手役に恵まれるなんて、オオゾラさんって、やっぱりすごい強運の持ち主なのかもしれない…と、今後も何度も思う事でしょうね。
「カサブランカ」初日、とうとう明日に迫ってきました。
今度はどんな芝居を見せて下さるのか。そして、宙組全員で作る、新しい世界はどんな色になるのか。
でも、きっと良い舞台になる、それだけは確かな事だと信じられる。
…それが、オオゾラさんのファンになって良かった事だなーと、思います。
今はただ、楽しみで、ドキドキしながら、明日の開演時間を待つ事にします。
瑞々しい「大江山花伝」
2009年10月10日 宙組 コメント (2)月組大劇場公演、初日、おめでとうございます。
…本当は、来て欲しくなかったこの日が、とうとう現実のものとなってしまいました。いや、初日、というか公演が始まるのはいいんですけどね。
今回の退団者は、本当にツライので…。毎回、集合日のたびに失ってきていたライフを、どおーーーーんと持っていかれる気分。
みなさん、それぞれの人生の中で選んだ道なのは分かっていますが、それでもツライです。でも私には、祈る事しかできないから。
どうか、退団者の皆さんはじめ月組の皆さんが、元気で楽しく、充実した公演を過ごされますよう。心より祈っております。
さて、そろそろ忘れてしまう前に、少しでも書いておかなければ、という事で。
「大江山花伝」について。
原作が大好きで、初演を見ていない私。再演の希望の高い名作、という評判を色々と聞いて、楽しみに見に行った初日。
見終わった時の第一印象は「随分マイルドにした舞台化だなぁ」という、驚きでした。
そして後に、「歌劇」での、原作者の木原敏江先生の「今回はとっても瑞々しい茨木童子でした」というコメントに、すごく納得。
瑞々しい茨木童子…さすが、素敵な表現ですね(^^)
わざわざ「今回は」とおっしゃられたという事は、初演の茨木様は、また違ったイメージだったのでしょうか?
原作ファンの私にとっては、今回の「瑞々しい」茨木様は、最初はちょっと意外な役作りだと思いました。他の脚色も含めて、こういう舞台化になるんだ…と、場面が進むたびに驚いておりまして。初日はびっくりのまま、幕が降りた感じ。
幕間にロビーを埋め尽くす人々に、盛大に泣かれた後のような方が沢山いらして「あ、泣く話だったんだよなぁ」と気付きました。
原作のイメージが強すぎたばかりでなく、私にとって、原作の茨木童子のイメージがオオゾラさんにぴったりだったから、なのだろうなーと思います。
オオゾラさんなら、茨木をどう演じるかを色々と想像して初日を待っていたのですが、その想像は原作の茨木をもとにしたもので。
20数年前の脚色がこういうものだと、よくわかってなかったのです。
原作にはあまりにもキャラクターが少ないですし、話も短いので変更があるのはわかっているのです。当時の宝塚であれば、親を殺すなんて無理で、色々なマイルド化は当然の事でしょう。役を増やす為に鬼の里の暮らしを大きく膨らませたこの舞台化では、鬼達が人間に征伐されずに逃げていくのも納得できるものです。
都を襲っている場面も「悪」として描かれないし、わざわざ貴族の屋敷から攫ってきた姫君達は下働き…なんて効率の悪い^^;
鬼達は単にツノがあるだけの、気のいい村人達でしかないのですね。
茨木が忌み嫌う「鬼」は、自らの心の闇としてだけの問題であるのだから、気のいい鬼の仲間たちは無事に逃げ延びて欲しい…と、見ている観客は思います。
一番の変化は「鬼」としての茨木童子。
原作の茨木・酒天童子を筆頭とした鬼達の存在は、罪無き都の人々に害をなす「悪」ですし、攫われた姫君達は下働きだけの為ではありません。
盗む、犯す、殺すという人でなしの鬼達。ひらたくいうと、都の治安を脅かす凶悪な強盗団…といったものでしょうか。
過去の罪により「鬼」となる事を選んだ茨木は、裏切りの記憶に自ら塩を塗りこむように、酒天童子や鬼達と共に悪事を重ね、この世の終わりを待っている。
綱との出会いをキッカケとして、その「終わりの時」が来るのが、この物語の始まりです。茨木は、綱の手配で頼光の軍が攻め入るのを知っていても、黙って見すごします。
…そして。
「あとからわたしも まいりますゆえ」
「せめて鬼族の王たるあなたの首は 人手にはかけさせませぬゆえ」
と、みずからの手で酒天童子を討ち、自分に尽してくれた仲間の鬼丸も斬る。深く激しい愛と憎しみの果て、親を殺し一族を滅ぼす。
実は、やっぱり今のオオゾラさんで、この茨木を見たかったなぁ…という思い、今でもあります。研ぎ澄まされた、凄烈な、鬼を。
原作の茨木の何が違うって、何があっても、決して、自分の裏切りの罪の記憶を封じたりはしそうにない事。
「茨木は、そんなヤワじゃないだろ!」というのが、実は初日に思ったことで^^;
彼は自分の犯した裏切りの罪を身体に刻みつける為、ひとでなしの記憶を毎日泉に映している。そうする事で、萱野とこぞ丸と過ごした、暖かい血の通う人間だった過去を葬り続けているのです。
その裏切りの罪故に、愛するふじこにはもう二度と逢えない事を、何度も確認している人…というのが、続編「鬼の泉」で書かれた茨木でした。
この宝塚版の茨木は、裏切りの罪の重さに耐えられず、記憶を封じて、罪の意識の残り香を頭痛として抱えている…ヤワな人。
オオゾラさんは、この「ヤワ」な部分を、かなり強調して演じいて。
それが「瑞々しい茨木」に繋がっていたのかな、と思います。
私にとって最初はすごく違和感があったんですが、慣れればそれはまた魅力的な「宝塚らしい大江山花伝」でした。
茨木が三年前の旅の記憶を失っているのは、多分、回想場面へのキッカケとして、忘れていた記憶を思い出して語るほうが自然だったから…という単純な理由じゃないかと思うのですが^^;
ちょうど、過去の萱野・六郎太と現在の花園と金時を重ねることで若手スターの役を膨らませる事もできて、一石二鳥ですし。
しかし、理由は単純でも、人物の根幹をなす大切なところ。
それをきちんと役作りの基本にしたオオゾラさんのセンスが、やはり好きだなぁと思ったのでした。
「瑞々しい」という言葉には、「若い・新鮮」という意味があるのですが。
三年前の記憶を失った為に、ずっと「鬼」と「人」の自分の間で悩み続ける茨木に、原作よりもずっと若い印象を持ちました。
今のオオゾラさん、もはや役の年齢設定、自由自在ですよね^^;
さて、その若さについては、長くなるので、また。
…本当は、来て欲しくなかったこの日が、とうとう現実のものとなってしまいました。いや、初日、というか公演が始まるのはいいんですけどね。
今回の退団者は、本当にツライので…。毎回、集合日のたびに失ってきていたライフを、どおーーーーんと持っていかれる気分。
みなさん、それぞれの人生の中で選んだ道なのは分かっていますが、それでもツライです。でも私には、祈る事しかできないから。
どうか、退団者の皆さんはじめ月組の皆さんが、元気で楽しく、充実した公演を過ごされますよう。心より祈っております。
さて、そろそろ忘れてしまう前に、少しでも書いておかなければ、という事で。
「大江山花伝」について。
原作が大好きで、初演を見ていない私。再演の希望の高い名作、という評判を色々と聞いて、楽しみに見に行った初日。
見終わった時の第一印象は「随分マイルドにした舞台化だなぁ」という、驚きでした。
そして後に、「歌劇」での、原作者の木原敏江先生の「今回はとっても瑞々しい茨木童子でした」というコメントに、すごく納得。
瑞々しい茨木童子…さすが、素敵な表現ですね(^^)
わざわざ「今回は」とおっしゃられたという事は、初演の茨木様は、また違ったイメージだったのでしょうか?
原作ファンの私にとっては、今回の「瑞々しい」茨木様は、最初はちょっと意外な役作りだと思いました。他の脚色も含めて、こういう舞台化になるんだ…と、場面が進むたびに驚いておりまして。初日はびっくりのまま、幕が降りた感じ。
幕間にロビーを埋め尽くす人々に、盛大に泣かれた後のような方が沢山いらして「あ、泣く話だったんだよなぁ」と気付きました。
原作のイメージが強すぎたばかりでなく、私にとって、原作の茨木童子のイメージがオオゾラさんにぴったりだったから、なのだろうなーと思います。
オオゾラさんなら、茨木をどう演じるかを色々と想像して初日を待っていたのですが、その想像は原作の茨木をもとにしたもので。
20数年前の脚色がこういうものだと、よくわかってなかったのです。
原作にはあまりにもキャラクターが少ないですし、話も短いので変更があるのはわかっているのです。当時の宝塚であれば、親を殺すなんて無理で、色々なマイルド化は当然の事でしょう。役を増やす為に鬼の里の暮らしを大きく膨らませたこの舞台化では、鬼達が人間に征伐されずに逃げていくのも納得できるものです。
都を襲っている場面も「悪」として描かれないし、わざわざ貴族の屋敷から攫ってきた姫君達は下働き…なんて効率の悪い^^;
鬼達は単にツノがあるだけの、気のいい村人達でしかないのですね。
茨木が忌み嫌う「鬼」は、自らの心の闇としてだけの問題であるのだから、気のいい鬼の仲間たちは無事に逃げ延びて欲しい…と、見ている観客は思います。
一番の変化は「鬼」としての茨木童子。
原作の茨木・酒天童子を筆頭とした鬼達の存在は、罪無き都の人々に害をなす「悪」ですし、攫われた姫君達は下働きだけの為ではありません。
盗む、犯す、殺すという人でなしの鬼達。ひらたくいうと、都の治安を脅かす凶悪な強盗団…といったものでしょうか。
過去の罪により「鬼」となる事を選んだ茨木は、裏切りの記憶に自ら塩を塗りこむように、酒天童子や鬼達と共に悪事を重ね、この世の終わりを待っている。
綱との出会いをキッカケとして、その「終わりの時」が来るのが、この物語の始まりです。茨木は、綱の手配で頼光の軍が攻め入るのを知っていても、黙って見すごします。
…そして。
「あとからわたしも まいりますゆえ」
「せめて鬼族の王たるあなたの首は 人手にはかけさせませぬゆえ」
と、みずからの手で酒天童子を討ち、自分に尽してくれた仲間の鬼丸も斬る。深く激しい愛と憎しみの果て、親を殺し一族を滅ぼす。
実は、やっぱり今のオオゾラさんで、この茨木を見たかったなぁ…という思い、今でもあります。研ぎ澄まされた、凄烈な、鬼を。
原作の茨木の何が違うって、何があっても、決して、自分の裏切りの罪の記憶を封じたりはしそうにない事。
「茨木は、そんなヤワじゃないだろ!」というのが、実は初日に思ったことで^^;
彼は自分の犯した裏切りの罪を身体に刻みつける為、ひとでなしの記憶を毎日泉に映している。そうする事で、萱野とこぞ丸と過ごした、暖かい血の通う人間だった過去を葬り続けているのです。
その裏切りの罪故に、愛するふじこにはもう二度と逢えない事を、何度も確認している人…というのが、続編「鬼の泉」で書かれた茨木でした。
この宝塚版の茨木は、裏切りの罪の重さに耐えられず、記憶を封じて、罪の意識の残り香を頭痛として抱えている…ヤワな人。
オオゾラさんは、この「ヤワ」な部分を、かなり強調して演じいて。
それが「瑞々しい茨木」に繋がっていたのかな、と思います。
私にとって最初はすごく違和感があったんですが、慣れればそれはまた魅力的な「宝塚らしい大江山花伝」でした。
茨木が三年前の旅の記憶を失っているのは、多分、回想場面へのキッカケとして、忘れていた記憶を思い出して語るほうが自然だったから…という単純な理由じゃないかと思うのですが^^;
ちょうど、過去の萱野・六郎太と現在の花園と金時を重ねることで若手スターの役を膨らませる事もできて、一石二鳥ですし。
しかし、理由は単純でも、人物の根幹をなす大切なところ。
それをきちんと役作りの基本にしたオオゾラさんのセンスが、やはり好きだなぁと思ったのでした。
「瑞々しい」という言葉には、「若い・新鮮」という意味があるのですが。
三年前の記憶を失った為に、ずっと「鬼」と「人」の自分の間で悩み続ける茨木に、原作よりもずっと若い印象を持ちました。
今のオオゾラさん、もはや役の年齢設定、自由自在ですよね^^;
さて、その若さについては、長くなるので、また。
霧矢さん、月組トップスター決定、おめでとうございます!!!
愛する月組を、霧矢さんが継いで、守っていって下さると思うと、とても嬉しいです。
この数年で、飛躍的にお芝居に深みが出てきたと感じられるこの時、待望のニュースでした。良かった、良かった(^^)
今、博多座でお披露目公演を見たばかりのこの時。
ずっと一緒に舞台を作ってきた霧矢さんにも、もうすぐこのお披露目の感動の時が訪れるのだと思うと、嬉しくてなりません。
ああ、相手役さんや中日のお披露目の作品はどうなるのか。楽しみです。
さてさて、その一足お先のお披露目公演。
初日から、もう一週間。
なんだか、やはり夢だったのではないか…という気分になっています。
CSのニュース映像やら、色々な方々の報告を読ませていただき、勿論現実の事は感じているのですが。あの暑い博多の地で、オオゾラさんをはじめ宙組の皆さんが汗を流して熱い舞台を繰り広げているのは、理解してますけどね。
私が、あの日、あの時、あの場所にいたのが、夢みたい…。
初日の「大江山花伝」の事を書いてから、ショーについても書きとめておこうかと思ったのですが。
…思い出せない!!
朝ははっきり覚えていた夢を、次第に忘れていくように。
色々な皆様の感想を見てまわって、初日の事で書かれている事も、結構知らない事があるし^^;
どうも、ものすごーーーーく、いっぱいいっぱいだったようです。私が焦ったところで、なんにも意味は無いのに。
今は多くの皆様の、博多座公演についての文章等を読ませていただいてます。
長い長い時間をかけて、まさかのトップ。
オオゾラさんの為に一緒に喜んでおらえる方が、本当に沢山で…その暖かさに泣ける事が多いです。
そして、こんなにも多くの人が喜んでいる、その為に泣いている存在となった、大空祐飛の不屈の精神力に感動します。それがどれほど大変な事か…。
9年前に、あの博多座の舞台で“マーキュリーズのピート”君や“戦士”を演じていた人とは、まるで別人のようで。なんだか不思議な気もします。
あれから宝塚では色々な事があって、オオゾラさんは本当に大きな人に成長されたんだなぁと実感した、博多座初日。
でも、実は私、ほとんど泣いてません(^^ゞ
特にショーでは。開演アナウンスと、フィナーレで男役のトライアングルの頂点にオオゾラさんがピシっとハマった時と、最後の大きな羽には。
「ここは、泣くところだろ」と思ったので、少しじわっときたけど。
なんだか、へら~っと力の抜けた笑いが止まらなくて。自分でも不気味な、へらへら半笑いみたいな状態で見ておりました。
場面が変わって、大空さんが真ん中に立つのを見るたびに、えへら~っと(^^)
月組「アパショナード」は、あさこさん仕様のショーなので、トップさんが沢山の娘役さんと少しずつ絡んで踊る場面が多いんですよね。
トップ娘役不在の為もありますが、あさこさんは以前からそういう場面多い気がする。月組では、マミさんが三番手時代からお姉さま方を侍らせて、セクシーに踊る場面が多かった印象。
で、オオゾラさんは、あんまり無かったような気がするんですよ。お姉さまと踊る事は多かったですけど、次から次へ…というのは。というわけで、オオゾラさんが数人の娘役さんと次々に踊る場面が新鮮で、非常に楽しんできました。
中詰めで大きな大きなお花ちゃん達と踊るのも、素敵。みんな可愛いし、ともかく楽しそう(^^)
ご本人達にしても、新鮮で面白いのだろうなーーーっという雰囲気が伝わってきて、ともかく血が騒ぎました。
そして、白く輝くお衣装の、すみ花ちゃんの登場。
待っていた、恋しい人との邂逅。
オープニングから、すみ花ちゃんとちゃんと踊る場面は無かったんですね。
そして、やっと、二人は出会う。…という、場面になっていたのが嬉しかったなあ。
待っていたんです、ずっと。
相手役がすみ花ちゃんだと発表された時から、二人が踊る姿を。
私は娘役さんを見るのがダイスキ!で、オオゾラさんが花組に行って、可愛い子ちゃん揃いの花組で大変に幸せな想いをしました。中でもすみ花ちゃんが一番のお気に入りさんで…相手役さんに決まって本当に、本当に嬉しくて。
最初に二人が出会った、という場面から始まったのに、セクシーでパワフルなデュエット。
色々な意味で、ドキドキして見ていました。でも、ここで改めてなんてお似合いの二人だろう…と、また感動。
オオゾラさんと向き合う時、腕の中に納まる時、すみ花ちゃんに、安心した甘えた風情が漂うのが嬉しいです。また、オオゾラさんも、優しい目ですみ花ちゃんを見るんだ。
この後は、新場面「熱望(デセオ)」戦場の兵士が夢見る、故郷の恋人との踊り。
そして、フィナーレのデュエットダンス…と、次々に色の違う場面を二人で踊って下さいます。
初日、フィナーレのデュエットが終わって、お二人で並んで拍手を受ける場面。
オオゾラさんが「責任は俺が取る」というお顔をしていたような気がしました。
単に、私が感じただけですけど。実は、その瞬間のお顔だけをはっきりと覚えていて、他の事が夢の中の事のようなのです。
ファンながら、オオゾラさんの初日の弱さにはちょっと悲しくなる程でしたが^^;
…もはや、まるで別物の舞台になっているそうですし。
私が次回に行く頃には、更に変わっている事でしょうね。
次に行くのはお盆休み。本当に楽しみです。
愛する月組を、霧矢さんが継いで、守っていって下さると思うと、とても嬉しいです。
この数年で、飛躍的にお芝居に深みが出てきたと感じられるこの時、待望のニュースでした。良かった、良かった(^^)
今、博多座でお披露目公演を見たばかりのこの時。
ずっと一緒に舞台を作ってきた霧矢さんにも、もうすぐこのお披露目の感動の時が訪れるのだと思うと、嬉しくてなりません。
ああ、相手役さんや中日のお披露目の作品はどうなるのか。楽しみです。
さてさて、その一足お先のお披露目公演。
初日から、もう一週間。
なんだか、やはり夢だったのではないか…という気分になっています。
CSのニュース映像やら、色々な方々の報告を読ませていただき、勿論現実の事は感じているのですが。あの暑い博多の地で、オオゾラさんをはじめ宙組の皆さんが汗を流して熱い舞台を繰り広げているのは、理解してますけどね。
私が、あの日、あの時、あの場所にいたのが、夢みたい…。
初日の「大江山花伝」の事を書いてから、ショーについても書きとめておこうかと思ったのですが。
…思い出せない!!
朝ははっきり覚えていた夢を、次第に忘れていくように。
色々な皆様の感想を見てまわって、初日の事で書かれている事も、結構知らない事があるし^^;
どうも、ものすごーーーーく、いっぱいいっぱいだったようです。私が焦ったところで、なんにも意味は無いのに。
今は多くの皆様の、博多座公演についての文章等を読ませていただいてます。
長い長い時間をかけて、まさかのトップ。
オオゾラさんの為に一緒に喜んでおらえる方が、本当に沢山で…その暖かさに泣ける事が多いです。
そして、こんなにも多くの人が喜んでいる、その為に泣いている存在となった、大空祐飛の不屈の精神力に感動します。それがどれほど大変な事か…。
9年前に、あの博多座の舞台で“マーキュリーズのピート”君や“戦士”を演じていた人とは、まるで別人のようで。なんだか不思議な気もします。
あれから宝塚では色々な事があって、オオゾラさんは本当に大きな人に成長されたんだなぁと実感した、博多座初日。
でも、実は私、ほとんど泣いてません(^^ゞ
特にショーでは。開演アナウンスと、フィナーレで男役のトライアングルの頂点にオオゾラさんがピシっとハマった時と、最後の大きな羽には。
「ここは、泣くところだろ」と思ったので、少しじわっときたけど。
なんだか、へら~っと力の抜けた笑いが止まらなくて。自分でも不気味な、へらへら半笑いみたいな状態で見ておりました。
場面が変わって、大空さんが真ん中に立つのを見るたびに、えへら~っと(^^)
月組「アパショナード」は、あさこさん仕様のショーなので、トップさんが沢山の娘役さんと少しずつ絡んで踊る場面が多いんですよね。
トップ娘役不在の為もありますが、あさこさんは以前からそういう場面多い気がする。月組では、マミさんが三番手時代からお姉さま方を侍らせて、セクシーに踊る場面が多かった印象。
で、オオゾラさんは、あんまり無かったような気がするんですよ。お姉さまと踊る事は多かったですけど、次から次へ…というのは。というわけで、オオゾラさんが数人の娘役さんと次々に踊る場面が新鮮で、非常に楽しんできました。
中詰めで大きな大きなお花ちゃん達と踊るのも、素敵。みんな可愛いし、ともかく楽しそう(^^)
ご本人達にしても、新鮮で面白いのだろうなーーーっという雰囲気が伝わってきて、ともかく血が騒ぎました。
そして、白く輝くお衣装の、すみ花ちゃんの登場。
待っていた、恋しい人との邂逅。
オープニングから、すみ花ちゃんとちゃんと踊る場面は無かったんですね。
そして、やっと、二人は出会う。…という、場面になっていたのが嬉しかったなあ。
待っていたんです、ずっと。
相手役がすみ花ちゃんだと発表された時から、二人が踊る姿を。
私は娘役さんを見るのがダイスキ!で、オオゾラさんが花組に行って、可愛い子ちゃん揃いの花組で大変に幸せな想いをしました。中でもすみ花ちゃんが一番のお気に入りさんで…相手役さんに決まって本当に、本当に嬉しくて。
最初に二人が出会った、という場面から始まったのに、セクシーでパワフルなデュエット。
色々な意味で、ドキドキして見ていました。でも、ここで改めてなんてお似合いの二人だろう…と、また感動。
オオゾラさんと向き合う時、腕の中に納まる時、すみ花ちゃんに、安心した甘えた風情が漂うのが嬉しいです。また、オオゾラさんも、優しい目ですみ花ちゃんを見るんだ。
この後は、新場面「熱望(デセオ)」戦場の兵士が夢見る、故郷の恋人との踊り。
そして、フィナーレのデュエットダンス…と、次々に色の違う場面を二人で踊って下さいます。
初日、フィナーレのデュエットが終わって、お二人で並んで拍手を受ける場面。
オオゾラさんが「責任は俺が取る」というお顔をしていたような気がしました。
単に、私が感じただけですけど。実は、その瞬間のお顔だけをはっきりと覚えていて、他の事が夢の中の事のようなのです。
ファンながら、オオゾラさんの初日の弱さにはちょっと悲しくなる程でしたが^^;
…もはや、まるで別物の舞台になっているそうですし。
私が次回に行く頃には、更に変わっている事でしょうね。
次に行くのはお盆休み。本当に楽しみです。
博多に、行って帰ってきました。
記念すべき、今日の一日。
行って、良かった。本当に、幸せな一日でした。
「大江山花伝」は、やはり美しい作品でした。
原作漫画は大好きで、初演は知らない状態から見て…「おお、こういう舞台化なのか!」と、驚く場面も有り。ちょっとごちゃごちゃしていて、原作を読んでない人は分かるのかな?と、思う所も有り。やっぱり、中村演出はちょっと、アレなんじゃ?…と、最初はちょっと不安になりつつ見ていたのですが。
次第に、物語に引き込まれていきました。
茨木の、人と鬼の間の存在としての苦悩が、緻密に書き込まれていて。
オオゾラさん、茨木の心の動きを丁寧に見せていく所はさすが。
すみ花ちゃんの藤子が、また良くて!
健気でいじらしく、でも芯の強い藤子はぴったりの役だろうとは思っていましたが、予想以上。あの、声が良いんですよね(^^)
そしてやっぱり、お似合いの二人。本当に芝居の息が合っていて、二人で組んで芝居をするのは二作目とは思えないかも。
渡辺綱のみっちゃんは、やはり安定感があって、安心して見れました。
歌はさすがに素晴らしいし、踊りもきっちり決まってました。茨木と綱の関係も、なんとなーくラスパのスコットとアーネストを思い出して、しみじみ。
久々のまじりっけの無い二枚目さんで、やっぱりみっちゃんはこういう役のほうが似合いますね♪
十輝さんの酒天童子は、やはり迫力がありました。踊りがすごく決まってるなーと思ったら、日舞の名取さんなのですね。(ハンディおとめ、参照^^)
この役で、ちゃんと踊りができるというのは、存在感の大きさとして大変な力になっていたと思います。…背が高いからでは、なく^^;
茨木に対して、父親としての愛情を示す場面、キツイ言葉のなかに優しさがでていて「ほぉ!」と思いました。
アリスちゃんの胡蝶役も、本当に良かった!
登場の時から美しい~~と、目を奪われました。粋で情のある、イイ女。
低い声をきっちり作って、鬼たちの中での姐御的な役目の部分と、茨木に対する恋する女の部分を魅力的に見せてすごく印象に残りました。
儲け役を、ちゃんとモノにしていましたね。ついこの間まで「可愛いお嬢さん」の役を見ていたのでギャップが大きかったけど、こういう大人の女性のほうが似合うのかも。
後は、坂田公時の大ちゃんが印象的な役でした。若手男役らしい、魅力的な役。さわやかさんですね~。
鬼チーム、侍チーム、女達と、それぞれの場面が結構たくさんあって、出演者まんべん無く見れるのも良いです。そのぶん大変だとは思いますが、そして皆さん、お化粧がなかなか大変な事になってましたが^^;
全体に、まだ硬くて手探りの初日でした。これからどんどんこなれて、打ち溶け合っていくのが本当に楽しみです。
ショーは…えーと、オオゾラさんが、いつも真ん中にいらっしゃって、いつもライトを浴びていました。
馴染みがなくて、各場面ごとに驚いたりして(^^ゞ
嬉しくて、へらーーーっと笑いながら見ていました。
ただただもう、幸せでした。
次に行くのが楽しみです。
記念すべき、今日の一日。
行って、良かった。本当に、幸せな一日でした。
「大江山花伝」は、やはり美しい作品でした。
原作漫画は大好きで、初演は知らない状態から見て…「おお、こういう舞台化なのか!」と、驚く場面も有り。ちょっとごちゃごちゃしていて、原作を読んでない人は分かるのかな?と、思う所も有り。やっぱり、中村演出はちょっと、アレなんじゃ?…と、最初はちょっと不安になりつつ見ていたのですが。
次第に、物語に引き込まれていきました。
茨木の、人と鬼の間の存在としての苦悩が、緻密に書き込まれていて。
オオゾラさん、茨木の心の動きを丁寧に見せていく所はさすが。
すみ花ちゃんの藤子が、また良くて!
健気でいじらしく、でも芯の強い藤子はぴったりの役だろうとは思っていましたが、予想以上。あの、声が良いんですよね(^^)
そしてやっぱり、お似合いの二人。本当に芝居の息が合っていて、二人で組んで芝居をするのは二作目とは思えないかも。
渡辺綱のみっちゃんは、やはり安定感があって、安心して見れました。
歌はさすがに素晴らしいし、踊りもきっちり決まってました。茨木と綱の関係も、なんとなーくラスパのスコットとアーネストを思い出して、しみじみ。
久々のまじりっけの無い二枚目さんで、やっぱりみっちゃんはこういう役のほうが似合いますね♪
十輝さんの酒天童子は、やはり迫力がありました。踊りがすごく決まってるなーと思ったら、日舞の名取さんなのですね。(ハンディおとめ、参照^^)
この役で、ちゃんと踊りができるというのは、存在感の大きさとして大変な力になっていたと思います。…背が高いからでは、なく^^;
茨木に対して、父親としての愛情を示す場面、キツイ言葉のなかに優しさがでていて「ほぉ!」と思いました。
アリスちゃんの胡蝶役も、本当に良かった!
登場の時から美しい~~と、目を奪われました。粋で情のある、イイ女。
低い声をきっちり作って、鬼たちの中での姐御的な役目の部分と、茨木に対する恋する女の部分を魅力的に見せてすごく印象に残りました。
儲け役を、ちゃんとモノにしていましたね。ついこの間まで「可愛いお嬢さん」の役を見ていたのでギャップが大きかったけど、こういう大人の女性のほうが似合うのかも。
後は、坂田公時の大ちゃんが印象的な役でした。若手男役らしい、魅力的な役。さわやかさんですね~。
鬼チーム、侍チーム、女達と、それぞれの場面が結構たくさんあって、出演者まんべん無く見れるのも良いです。そのぶん大変だとは思いますが、そして皆さん、お化粧がなかなか大変な事になってましたが^^;
全体に、まだ硬くて手探りの初日でした。これからどんどんこなれて、打ち溶け合っていくのが本当に楽しみです。
ショーは…えーと、オオゾラさんが、いつも真ん中にいらっしゃって、いつもライトを浴びていました。
馴染みがなくて、各場面ごとに驚いたりして(^^ゞ
嬉しくて、へらーーーっと笑いながら見ていました。
ただただもう、幸せでした。
次に行くのが楽しみです。
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